遺伝的文法変化
ログインには、成功した。そう思う。
そうでなければ、ここまで入れない。ドアだって開かないはずだ。
だけど、うまく動かない。……いや、インターフェースがおかしいのだ。
言語が。
知らない文字。中国語に似ているようだが、おそらく違う。アジアのどこかに、こんな言葉があっただろうか?
英語モードも、当然あるはずだ。言語設定を変更したいが、メニューの構成そのものが、知っているものと違う。設定画面まで、なかなか辿りつけない。
ペーパーマニュアルも見つからない。ここまでのドアは全部、生体認証で開いたのに、キャビネットは鍵がなくて開けられなかった。いまどき、物理鍵なんて。
管理者権限でログインしているはずだから、うっかり変なところを触ったら、大変なことになる。慎重に操作しなければ。
でなければ、なんでも試してみるのに……、
「どうしたの?」
肩のうしろから、朱里の声。
こわごわと、エマの座っている椅子に、かるく右手をかけて。たん、たん、と手持ちぶさたに床を足で叩きながら、ふわりと浮いている。木製の奇妙なめがねをかけた、小柄な東洋人の少女。
ぎゅっと不安そうにちぢめた目を、するどくこちらに向けて、頬をこわばらせている。
第一軌道エレベータ、メインステーションの中心部、集中管理室。
楕円形の広いスペースに、磁力で床に固定された、ベルトと肘掛けつきの椅子が10基。左の肘掛けには、凹凸式のコントローラーパネルと、ホログラムディスプレイの投影機。
天井には、まっしろな強い光をはなつパネルライト。
壁の片面に、巨大なスクリーン。
さしわたし30フィートはありそうな、平面式のスクリーンが、壁をほとんど埋めている。
エマが見ているのは、手元の端末だ。肘掛ではなく、さきほど事務室で手にいれた、遠隔給電式のタブレット端末。記憶にあるものとは、型がちがう。もっと大きくて、机上に置くためのアタッチメントがついていたはず。
このステーションにはあまり来ていなかったし、モデルが違っていても、おかしくはないが──、
「……日本語、よめるの?」
朱里の声。なんでもないことのように。
「日本語?」
「え、……だって、そのメニュー画面」
「違うでしょ」
かるく首をふる。眉が自然にこわばる。
「日本語なら、少し知ってるよ。日本人の同僚だっていたんだから。……これ、日本の文字じゃないでしょ」
「えー、……」
朱里は、ぎゅっと眼鏡の奥のひとみを小さくして、画面を見ている。
「どうみても、……」
「日本語って、」
もう一度、画面をにらみつける。
日本語のアルファベットなら知っている。まっすぐな線ばかりの、単純な図形が52文字。それだけだ。……その、はずだ。
「……やっぱり、中国語か何かでしょ、これ? なんか違うけど……」
「中国語に、ひらがなとか無いでしょ!」
「何、ひらがなって」
「だから、この……、ああもう」
朱里が、画面に表示されている奇妙な文字を指さしかけて、首をふる。




