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異世界八景  作者: 楠羽毛
未来の世界
191/206

遺伝的文法変化

挿絵(By みてみん)

 ログインには、成功した。そう思う。

 そうでなければ、ここまで入れない。ドアだって開かないはずだ。

 だけど、うまく動かない。……いや、インターフェースがおかしいのだ。

 言語が。

 知らない文字。中国語に似ているようだが、おそらく違う。アジアのどこかに、こんな言葉があっただろうか?

 英語モードも、当然あるはずだ。言語設定を変更(へんこう)したいが、メニューの構成そのものが、知っているものと違う。設定画面まで、なかなか辿りつけない。

 ペーパーマニュアルも見つからない。ここまでのドアは全部、生体認証(にんしょう)で開いたのに、キャビネットは(かぎ)がなくて開けられなかった。いまどき、物理鍵なんて。

 管理者権限でログインしているはずだから、うっかり変なところを触ったら、大変なことになる。慎重に操作しなければ。

 でなければ、なんでも(ため)してみるのに……、

「どうしたの?」

 肩のうしろから、朱里の声。

 こわごわと、エマの座っている椅子に、かるく右手をかけて。たん、たん、と手持ちぶさたに床を足で叩きながら、ふわりと浮いている。木製の奇妙なめがねをかけた、小柄(こがら)な東洋人の少女。

 ぎゅっと不安そうにちぢめた目を、するどくこちらに向けて、頬をこわばらせている。

 第一軌道エレベータ、メインステーションの中心部、集中管理室。

 楕円形(だえんけい)の広いスペースに、磁力で床に固定された、ベルトと肘掛(ひじか)けつきの椅子が10基。左の肘掛けには、凹凸(おうとつ)式のコントローラーパネルと、ホログラムディスプレイの投影機(とうえいき)

 天井には、まっしろな強い光をはなつパネルライト。

 壁の片面に、巨大なスクリーン。

 さしわたし30フィートはありそうな、平面式のスクリーンが、壁をほとんど埋めている。

 エマが見ているのは、手元の端末だ。肘掛ではなく、さきほど事務室で手にいれた、遠隔(えんかく)給電式のタブレット端末。記憶にあるものとは、型がちがう。もっと大きくて、机上に置くためのアタッチメントがついていたはず。

 このステーションにはあまり来ていなかったし、モデルが違っていても、おかしくはないが──、

「……日本語、よめるの?」

 朱里の声。なんでもないことのように。

「日本語?」

「え、……だって、そのメニュー画面」

「違うでしょ」

 かるく首をふる。眉が自然にこわばる。

「日本語なら、少し知ってるよ。日本人の同僚(どうりょう)だっていたんだから。……これ、日本の文字じゃないでしょ」

「えー、……」

 朱里は、ぎゅっと眼鏡の奥のひとみを小さくして、画面を見ている。

「どうみても、……」

「日本語って、」

 もう一度、画面をにらみつける。

 日本語のアルファベットなら知っている。まっすぐな線ばかりの、単純な図形が52文字。それだけだ。……その、はずだ。

「……やっぱり、中国語か何かでしょ、これ? なんか違うけど……」

「中国語に、ひらがなとか無いでしょ!」

「何、ひらがなって」

「だから、この……、ああもう」

 朱里が、画面に表示されている奇妙な文字を指さしかけて、首をふる。

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