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異世界八景  作者: 楠羽毛
砂漠の世界
19/206

過去

 ギマとパ・ルリは、ハ・ル・シティの西部で、宝飾品店を経営していた。

 細鎖や肩輪、冠、足首にはめる飾り輪。ほかから仕入れたものも売るが、主な商品はギマやパ・ルリ自身がつくったものだ。そういう店だった。

 店は、50年ほど続いていた。

 風の民の寿命はとても長いが、50年という年月はやはり重い。

 経営がうまくいかなくなったのは、ズ・ルの店が、本格的に宝飾品を扱い始めてからだ。

 もともと、ズ・ルの家系はハ・ル・シティ有数の資産家であったが、ズ・ルの代でさらに多くの業種に手を広げた。宝飾品事業は、そのひとつにすぎなかったが、高級品から安価な品まで手びろく扱ったので、業界への影響は大きかった。

 ギマの店は、しばらくは保ったが、やがてたちゆかなくなった。

 商品の質はあきらかにギマの店のほうが上で、値段もそれほど遜色なかった。

 ただ、

『あのかたは、宣伝が上手ですから──』

 パ・ルリは、そうとだけ言った。

 正当な宣伝行為ではなかったのかもしれない、と朱里はおもったが、それ以上くわしくは聞けなかった。

 そうして、パ・ルリは、ズ・ルのもとにゆくことを決めた。



「……それは、召使いとして、ということ?」

 朱里は、言葉を濁した。パ・ルリは否定した。

「いいえ。……ですが、あのかたは、私を……いいえ、他の誰に対しても、そのようには接しません。それは、今でも……」



 パ・ルリは、身売りするつもりでズ・ルのもとを訪れた。しかし、ズ・ルは彼女を、召使い兼、プライベートな宝飾品職人として迎えた。

 パ・ルリの望みは、ズ・ルが宝飾品事業から手をひくことであったが、叶わなかった。そのかわり、ズ・ルは潰れかかったギマの店を、破格の値で買いとった。

 ギマが、今後働かずとも死ぬまで生きていけるくらいの額で。

 そうして、ズ・ルはこの事実を、徹底的に利用した。


 美談として。



「……あのかたは、自分が世間からどう見られているかを、ひどく気になさいます。もちろん、商売のために必要なことですが、それ以上に──」

 パ・ルリは言いよどんでことばをきった。それから、

「……あのかたは、こと女性に関しては、清廉潔白です。しかし、周囲からそう見られることを望んでいらっしゃいません。父も、誤解しているようです」

「……誤解をとくつもりはないの?」

「誰も、それは望んでいません。ズ・ル様も、……それに、たぶん父自身も。

 それに……。」

 

「一度は、私もそういうつもりで、この屋敷に来たのですから。」


 

 部屋にもどってから、朱里はぼんやりと、ギマとのことをおもいだした。



 ギマの家で目覚めてから、しばらく後──

 ようやく与えられた、握りこぶしほどの袋に一杯の水。飲み終えてから、ギマとすこし話をした。

「……ほかの世界からきたの。」

 と、朱里はいった。他にいいようがない。

「そうか、」と、重たい声でギマはこたえた。

「自分の世界に帰るのに、まっすぐ帰るルートはないんですって。だから、いくつかの世界を経由して、ワープをくりかえすの。この腕輪でね」

 朱里は、頭がぼんやりとしていたが、饒舌であった。

「……家族のところに、帰るのか。」

「うん、」

「家族は、」

「弟がいる。あと、両親。とくべつ仲がいいわけじゃないけど……」

「そうか、」

「あなたは、家族は?」

「いや……、」

「……ふうん。」

「……故郷は、どんなところなんだ」

「そうね、……植物がゆたかで、建物がたくさんある。」

「植物か、……そうだな。このあたりでも、すこしは採れないこともない。からっ草とか、空玉とか、そんなのだ。空玉は、罠をしかけて採る。あんたを拾ったのも、そのときだ。」

「ふうん……、」



 話しおえてから、朱里は、少し眠った。スーツを脱ごうかと思ったが、暑くて耐えられそうにない。それに、ずいぶん汗をかいたはずだが不快感は全くない。汚れを吸収する機能でもあるのかもしれない。

 目を覚ますと、ギマは部屋のすみで、猫のように丸くなっていた。

 眠っているのか。

 微動だにしない。近くに寄ってみたが、どうも、呼吸をしていないように思える。

 そっと触れる。つめたい。

 しばらく、そうして見ていたが、やがて朱里はあきらめて、また眠った。

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