スターマップ
「……鉈とロープ」
おしころしたような低い声で、朱里はつぶやいた。
「え?」
「鉈とロープ。それが、夢に出てくるの」
「それはまた、……物騒」
「なんだか……現実との境目が判然としなくて」
はァ……、っと、深いため息を足下におとして。
「……まだ、夢を見てるみたい。地球のことは、よく思い出せないし……」
「おあいにく。現実です。たぶんね」
エマはぎゅっと眉根を寄せて、窓の外をみた。列車は猛スピードで走っているが、遠い宇宙の星々は、まるで動いているようにはみえない。
けれども、星のかたちは。
「……違うんじゃ、ないかな」
確信はない。ここでは、スターマップと比較できないし。
「なにが?」
問いかけてくる朱里を、ちらりとみて、少し考える。ぱちりと目をとじて。ほんのちょっとだけ。
──それから、もういちど目をあけて、
「たとい、月基地が破壊、いえ、あとも残さず完全に解体撤去されたのだとしても──、」
話を続ける。
「なんの話?」
「ダイソン衛星がぜんぶ堕ちたのだとしても、ステーションのシステムと整備機器が新型に更新され、にもかかわらず放棄されたとしても、地上で何かが起こって、いっさいの通信が途絶しているのだとしても──、」
それらだけなら、まだ説明はつかなくはない。
ないが──、
「スターマップは、誤差?」
「え?」
実験船のシステムを100%信用してよいか、といわれれば、ノーだ。
超光速粒子生成炉と、長時間にわたる高速移動が、システムにどういう影響を与えるのか、まだ誰も知らない。とくにマップシステムは、完全に壊れていたっておかしくない。地球を認識できたのがふしぎなくらいだ。
それをいうなら、わたしの脳だって──、
(──やめよう、)
その可能性を検討するのは、人がいるところに着いてからでいい。
それよりも、
(スターマップのことは、置くとして。)
わたしの認知能力も、壊れていないものと仮定して。
それ以外の諸々を、いちばん単純に、説明できる答えは──、
……たぶん、侵略。
何者か、の。