なにかの信号のような
列車が加速を始めた。発車前の自動シーケンスがようやく終了したようだ。
*
かつん、かつん、かつかつかつ、かつん、かつん、かつかつ、かつん、──、
エマに手をかりて座席をはなれ、うしろの窓をみる。黒い蜘蛛のような、6本脚の機械が、赤いモノアイをこちらに向けて、足先で窓を叩いている。
リズムよく、何度も。
「エマ……、」
かわいた舌で、ようやく声をしぼり出す。エマの腕をつかむが、反応はない。じっと、蜘蛛を見つめている。
エミーは、壁ぎわでつんと立っている。こちらも、助けにはなりそうにない。
(カセイジン……、)
ぎゅっと、手首の白い腕輪に指をあてて握りしめる。もちろん、なんの反応もない。
かつかつ、かつん、かつん、──
奇妙なリズムで、音がくりかえされる。
「これ、──」
ちいさく、かわいた声でエマがつぶやく。
「なにか、……信号、みたいな」
「モールス信号、とか……?」
「たぶん、ちがう、けど、──」
わ、とちいさく喉から悲鳴があふれる。足が勝手に床から離れて、くるりと回転する。頭が下に。右手が床にふれて、とん、と音をたてる。
列車がさらに加速したのだ。
ぎぎ、とかすかな音がして、気がつくと窓のむこうには何もいなかった。
「振り落とされた、の?」
なんとか、手すりにつかまって体勢をととのえながら、つぶやく。
「たぶんね」
エマは転ぶこともなく、いつのまにか自分の座席に戻っていた。
「……加速にちょっとムラがあるみたい。さっきの、また来たら教えてね」
それだけ言って、目を閉じてしまう。
(また来て、欲しくないんだけど)
心のなかでそうつぶやいて、……朱里は、ともかくも座席に戻った。