銀河鉄道の
握れない。
ステーションが遠くなっていく。体が戻っていかない。思ったより強く、手すりを押してしまったのか。ぼんやり考える。このまま、地球まで──、
「アカリ!」
声。肉声。インカムからではない。
目をあけると、……至近距離に、大きく口をあけたエマの顔。
「だいじょうぶ? ごめんね!」
くぐもった声。エマのヘルメットと自分のヘルメットが、ぴったりくっついている。そこから、直接、声が伝わってくる。
「だい、じょうぶ」
答えると、エマはちいさくわらった。
腰に手の感触。エマは朱里を抱き寄せるようにして、一緒に回転していた。ふたりの命綱は、空中で寄り添うようにらせんを描いて、ふわりと浮いている。
「絡まると危ないから、気をつけてね」
いいながら、エマは右手でスラスターの操作盤に触れた。ぐい、と大きな力が腰にかかる。すぐに回転が止まって、ふわりと命綱をほぐすように迂回しながら、ふたりはゲートのすぐそばに着地した。
『……インカムが、調子、わるいみたいね』
かすかにノイズがまじった声。うん、と答えると、エマはかすかに眉をあげてこっちを見た。
『いまのは聞こえたの?』
「……うん、きこえた」
『そう。……ま、いいや』
壁の突起に、かるく足をひっかけて、エマはまっすぐ立っていた。朱里は膝をまげて両手で手すりにしがみつきながら、エマの目線の先を追ってみる。
『エミーと荷物を移動させないとね。……あれに、乗るんだよ』
遠く離れた軌道エレベータをつなぐ長大なチューブの内側に敷かれたレールの上、ゲートから半身をだしてしずかに停まっている、直方体の構造物。
トレイン。衛星軌道特急に。
*
かたかたかたん、と音がした。
窓のほうからだ。
車両に荷物をぜんぶ運びこんで、天井のエアロックを閉じ、ようやく一息ついたところ。空気で満たされた車両の、むかいあわせの長椅子にすわって。かすかな疑似重力に身をまかせて。
揺れるような小さな音が、耳につく。
なにかを叩くような──、
「エマ……、」
むかいで座っているエマの目をみる。すぐに目があう。やけに大きく見開かれた青い目が、突き刺すように、こちらを、
……いや、もっと後ろを?
「アカリ!」
悲鳴のような叫び。それからようやく、朱里は後ろをふりむいた。
──おもわず、ぎゃっと声が出て、膝から力が抜ける。
ふたたび、……蜘蛛が、窓を叩いていた。