どこかに、地球とデイジーベルが
(あそこに落ちたら、宇宙を永遠に漂うことになるのかな)
それとも、太陽に落ちて燃え尽きてしまうのか──、
そうならないための、命綱とスラスターだ。
「よし、」
いこう。
そうきめて、腕に力をこめる。
質量がなくなったわけではないので、腕にはそれなりの抵抗がかかる。それでも、地上のように重くはない。てんてんと連続して設置されている突起をはしごのようにして、エマに指示された方向へとすすむ。
命綱がからまないよう、右手で軽くさばいて、うつぶせの姿勢で。すこし進んで、かるく首をふる。遠い恒星が視界に入る。
あのどこかに、デイジーベルがあるのかもしれない。そう、思う。
夢想をふりきるように、ふたたび、手に力をこめる。
ゲートまでは、すぐにたどりついた。円盤状のステーションから、垂直にとびだしている接続チューブの、すぐ地球側。半円状の大きな扉。ぴったりと閉じて、つめたい灰色の顔をこちらに向けている。
「ゲートのとこまできたよ」
ささやくと、すぐに返事がかえってくる。
『オーケー。じゃあ、開閉指示をおくってみるから、しばらく待ってて。』
ゲートからすこし離れて、5分ほど待つ。
『……開いた?』
「いいえ。ぜんぜん」
『そう、じゃ、別のコマンドにしてみる』
それから、また30秒ほどして、
『反応は?』
「ない!」
『そう? おかしいなあ。もすこし待ってて』
──ずん、と手元に振動。
「動いたァ!」
指が離れそうになり、あわてて持ち手を握る。両手で体をささえながら、扉を見下ろすと、ゆっくりと開いていく。無音で、かすかな振動とともに。
『離れて!』
エマの声。反射的に、手すりから手を離してしまう。
あっ、と叫ぶ。頭のなかだけで。
手を離した反動で、体がステーションから離れていく。あぶない、と思う間もなく、くるくるくる、と腰を中心にモーメントがついて、勝手に回転がはじまる。三半規管がぐしゃぐしゃにかき回されて、吐きけがこみあげてくる。
ちらりと、ゲートが目に入る。
大きく開いたゲートの、夜みたいに暗い内部から、なにか、大きなものが出てくるのが。
一瞬だけ。
スラスターの操作盤に手を伸ばしかけて、やめる。命綱を握る。手袋の外側を、するりとケーブルが抜けていく。しなやかに。