黒い宇宙空間に、するどく輝くひかり
エアロックを開ける。右手をそっと出す。船外服の指先のむこうに、地球がみえる。
(……なんだか、変な感じ)
上下が逆転したみたいだ。いまさら、そんなことを思う。
『命綱、もっぺん確認して!』
インカムごしにエマにうながされて、腰のアタッチメントに装着したケーブルを触る。小さなカラビナがふたつ、揺れて、金具に接触する。……音はしない。ただ、かちゃんとつめたい振動が、船外服をとおして肌に伝わってくる。
メインステーションの片端、遠く離れた軌道エレベータどうしをつなぐ長大なチューブの、地球側の外壁。そこに、立っている。
トレイン。
地球に6カ所ある軌道エレベータの間を、超高速で移動する乗り物。それを起動するために、ふたりは宇宙空間に出てきたのである。
「すっご……」
遠い。
頭上の地球が。
太陽光パネルの羽がはえた、長大なチューブでつながれた、はるか向こうのステーションが。
足下から容赦なく注ぐ、太陽の光が。
「遠い……、」
つぶやく。
ぼうっとしていると、肩をつつかれる。同じく船外服を着込んだエマが、となりにいる。
『いくよ、』
「うん」
出口のはしをつかんで、体をぐっと外に出す。センサーが動いて、出入り口が閉まる。
『スラスターあるけど、非常用だから。外壁に、こう、』
てんてんと、レールのように点在している持ち手を、ぐっと握って。
『必ずこれを持って、手を離さないように。……もし離れちゃったら、まず命綱。スラスターは難しいからね。わかった?』
うん、と頷いて、もう一度、命綱と、腰の右側につけたスラスターの操作盤を確認する。
持ち手を握る。目標を確認する。
『わたしは、……あっちのコンソールを触るから。あなたは、そこのゲートで』
「ゲート?」
『ゲートを開けるから。見てて。あぶないから、近づきすぎないように』
「はぁい」
小さく返事をすると、……エマは、すぐに、とん、と壁をけって、とんでいってしまう。
(手を離さないように、って自分で言ってたのに)
ぼんやりと、それを見上げて。
まだ、朱里とエマの体には、遠心力が効いている。壁から離れても、しばらくすればまた戻ってくる。
ステーションの上から、脚を踏み外したりしなければ──、
(……こっわ)
地球と反対側、遠くに太陽がみえる。その背後には、どっぷりと黒い宇宙空間。




