パ・ルリ
ふたたび、朝。
朱里は、ぼんやりと夢からさめて、目をしばたかせた。
ズ・ルと、初めて出会ったときのことを思い出していた。あれ以来、ギマにもキャラバンの面々にも会っていない。
快適な暮らしをさせてもらっているのだから、ズ・ルには感謝すべきなのだろう。どこか、得体の知れないところはあるが──
「……お着替えをお持ちしました。」
とつぜん、すぐ近くで声。
はねおきる。枕元に、召使い。朱里はあわてて髪をごそごそといじりながら立ち上がった。眼鏡を探そうと手をのばすと、心を読んだように右手にそれが押し付けられる。
「ありがとう、」
召使いの手元を、目をこらして見る。鶯茶色の布と、じゃらりとした鎖。鎖のところどころに、ビーズのような小さな石がついている。
受け取って、布をひろげる。昨日のものとは違い、上下が分離して、飾り紐のようなものでつながっている。
上半身はちょっとだぶついたタンクトップ、下半身はハーフパンツのようだが、腰のところからふんわりと広がった薄布が、くるんと丸まっで両サイドから脚を包みこむ。
なんとなく、召使いのほうを気にしながら、身につけてみる。
「……わあ。」
朱里はささやくような声で歓声をあげた。鏡がないので全身はわからないが、シルエットはとても魅力的だ。
「なにその中途半端な反応。」カセイジンが横からツッコミを入れる。
「だって……」
こんな可愛らしい服、似合わないでしょう。
そう、言いかけてやめる。口に出すことさえ、なんだか気恥ずかしい。
「……こちらを、」
鎖を、くるりと腰に巻いてもらう。3回巻き付けて、残りを持ち上げて首元へ。
「……動きにくそう。」
「すぐ慣れますよ。」
ざらりとした指で、器用に鎖をむすぶ。ちょっと上半身をうごかしてみる。鎖のあそびが程よいせいか、確かに動きにくくはない。
「……あの。」
すぐに離れようとせず、ためらうように立ち止まったまま、召使いは話しかけてきた。
「なあに?」
「あなたを助けたひと……は、どんな人でしたか?」
突然の、問いに、ふと息がつまる。
ギマのことを言っているのか。
召使いを、じっと見つめる。小さな目をした、風の民にしては小柄な。白っぽい体色、どちらかというと下半身が大きい。
表情は、わからない。
地球人には、風の民の考えていることはわからない。
*
部屋の外へでると、ズ・ルがいた。ちょうど通りがかったところらしく、後ろ姿である。朱里は声をかけようとして、ためらった。すぐに、向こうが気づいて、ふりむく。
「おう、似合うじゃないか。」と、軽い口調で、歩み寄りながら。
「……ありがとう。私も気に入ってる」
ちょっとほっとして、朱里はそう応えた。嘘ではない。
「そうか。パ・ルリにも、伝えてやるといい」
「パ・ルリ?」
「おまえの世話を任せている召使いさ」
「へえ……」
そういえば、名前も聞いていなかった。
「気立てのよい娘だ。まあ、お前とも無関係ではないし……」
「関係?」
「それは、……」
ズ・ルはちょっと迷うように黙ってから、いった。
「まあ、本人に聞いてもらおう。どうせ、わかることだ」
*
「……ごちそうさま。」
水と、やわらかい多肉植物の葉と、果物。朝食は昨日と同じようなメニューだが、果物の種類は少し増えていた。
相変わらず、調理の概念はないらしい。ぺろりとたべおえて、手をあわせる。
「ねえ、」
盆をかたづけようとするパ・ルリに、そっと声をかける。
「はい、」
「あれは、……どういう意味なの? 今朝の……、」
「……それは、」
パ・ルリはちょっと言いよどんでから、続けた。
まわりには誰もいない。広い食堂に、ふたりきりだ。
「……実は、ギマは私の父なのです」
「えっ」
朱里はちょっと意外そうに眉をあげた。
独身だと思っていた。いや、そもそも風の民に結婚制度があるのか、ギマが何歳なのかも知らない。地球人より長命だということくらいしか。
「もう何年も会っていませんが……。」
「そうだったんだ、」
朱里は、驚きと喜びが入り混じったような顔をして、かるく頭をさげた。
「ありがとう。あなたのお父さんのおかげで、助かったの。」
「良かったですわ。……あの、」
「なあに?」
「父は、元気でしたか。どうして暮らしていましたか」
「うん、元気だったよ。」
ほんとうをいうと、風の民の体調は朱里にはよくわからない。けれども、ギマのことは、わかるような気がしていた。
「空玉を獲っているとか……。周りには誰もいないけれど、たまに、キャラバンが来るみたい。けっこう、楽しくやってるんじゃないかな」
「そうですか、……」
たちいったことだと思いながら、朱里はきいてみることにした。
「あの、……手紙とか、こないの?」
「……父は、私には連絡をくれません。私からも、していません」
まずいことを聞いたか、と口をつぐむ。パ・ルリはかまわずつづけた。
「私がここにいることが……父の誇りを傷つけるのです」
「……誇りを、」
「ええ。」
パ・ルリは迷うようにしばらくだまりこんだ。
それから、
「……あなたは、とおい国のひとですから、話してしまいましょう。この屋敷では、誰もが知っていることではありますが……」