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異世界八景  作者: 楠羽毛
砂漠の世界
18/206

パ・ルリ

 ふたたび、朝。

 朱里は、ぼんやりと夢からさめて、目をしばたかせた。

 ズ・ルと、初めて出会ったときのことを思い出していた。あれ以来、ギマにもキャラバンの面々にも会っていない。

 快適な暮らしをさせてもらっているのだから、ズ・ルには感謝すべきなのだろう。どこか、得体の知れないところはあるが──

「……お着替えをお持ちしました。」

 とつぜん、すぐ近くで声。

 はねおきる。枕元に、召使い。朱里はあわてて髪をごそごそといじりながら立ち上がった。眼鏡を探そうと手をのばすと、心を読んだように右手にそれが押し付けられる。

「ありがとう、」

 召使いの手元を、目をこらして見る。鶯茶色の布と、じゃらりとした鎖。鎖のところどころに、ビーズのような小さな石がついている。

 受け取って、布をひろげる。昨日のものとは違い、上下が分離して、飾り紐のようなものでつながっている。

 上半身はちょっとだぶついたタンクトップ、下半身はハーフパンツのようだが、腰のところからふんわりと広がった薄布が、くるんと丸まっで両サイドから脚を包みこむ。

 なんとなく、召使いのほうを気にしながら、身につけてみる。

「……わあ。」

 朱里はささやくような声で歓声をあげた。鏡がないので全身はわからないが、シルエットはとても魅力的だ。

「なにその中途半端な反応。」カセイジンが横からツッコミを入れる。

「だって……」

 こんな可愛らしい服、似合わないでしょう。 

 そう、言いかけてやめる。口に出すことさえ、なんだか気恥ずかしい。

「……こちらを、」

 鎖を、くるりと腰に巻いてもらう。3回巻き付けて、残りを持ち上げて首元へ。

「……動きにくそう。」

「すぐ慣れますよ。」

 ざらりとした指で、器用に鎖をむすぶ。ちょっと上半身をうごかしてみる。鎖のあそびが程よいせいか、確かに動きにくくはない。

「……あの。」

 すぐに離れようとせず、ためらうように立ち止まったまま、召使いは話しかけてきた。

「なあに?」

「あなたを助けたひと……は、どんな人でしたか?」

 突然の、問いに、ふと息がつまる。

 ギマのことを言っているのか。

 召使いを、じっと見つめる。小さな目をした、風の民にしては小柄な。白っぽい体色、どちらかというと下半身が大きい。

 表情は、わからない。

 地球人には、風の民の考えていることはわからない。



 部屋の外へでると、ズ・ルがいた。ちょうど通りがかったところらしく、後ろ姿である。朱里は声をかけようとして、ためらった。すぐに、向こうが気づいて、ふりむく。

「おう、似合うじゃないか。」と、軽い口調で、歩み寄りながら。

「……ありがとう。私も気に入ってる」

 ちょっとほっとして、朱里はそう応えた。嘘ではない。

「そうか。パ・ルリにも、伝えてやるといい」

「パ・ルリ?」

「おまえの世話を任せている召使いさ」

「へえ……」

 そういえば、名前も聞いていなかった。

「気立てのよい娘だ。まあ、お前とも無関係ではないし……」

「関係?」

「それは、……」

 ズ・ルはちょっと迷うように黙ってから、いった。

「まあ、本人に聞いてもらおう。どうせ、わかることだ」



「……ごちそうさま。」

 水と、やわらかい多肉植物の葉と、果物。朝食は昨日と同じようなメニューだが、果物の種類は少し増えていた。

 相変わらず、調理の概念はないらしい。ぺろりとたべおえて、手をあわせる。

「ねえ、」

 盆をかたづけようとするパ・ルリに、そっと声をかける。

「はい、」

「あれは、……どういう意味なの? 今朝の……、」

「……それは、」

 パ・ルリはちょっと言いよどんでから、続けた。

 まわりには誰もいない。広い食堂に、ふたりきりだ。

「……実は、ギマは私の父なのです」

「えっ」

 朱里はちょっと意外そうに眉をあげた。

 独身だと思っていた。いや、そもそも風の民に結婚制度があるのか、ギマが何歳なのかも知らない。地球人より長命だということくらいしか。

「もう何年も会っていませんが……。」

「そうだったんだ、」

 朱里は、驚きと喜びが入り混じったような顔をして、かるく頭をさげた。

「ありがとう。あなたのお父さんのおかげで、助かったの。」

「良かったですわ。……あの、」

「なあに?」

「父は、元気でしたか。どうして暮らしていましたか」

「うん、元気だったよ。」

 ほんとうをいうと、風の民の体調は朱里にはよくわからない。けれども、ギマのことは、わかるような気がしていた。 

「空玉を獲っているとか……。周りには誰もいないけれど、たまに、キャラバンが来るみたい。けっこう、楽しくやってるんじゃないかな」

「そうですか、……」

 たちいったことだと思いながら、朱里はきいてみることにした。

「あの、……手紙とか、こないの?」

「……父は、私には連絡をくれません。私からも、していません」

 まずいことを聞いたか、と口をつぐむ。パ・ルリはかまわずつづけた。

「私がここにいることが……父の誇りを傷つけるのです」

「……誇りを、」

「ええ。」

 パ・ルリは迷うようにしばらくだまりこんだ。

 それから、

「……あなたは、とおい国のひとですから、話してしまいましょう。この屋敷では、誰もが知っていることではありますが……」


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