思いだせないだれか
「……わかんないよ。基幹AIったって、あなたが思ってるAIとは……」
「AIはAIでしょ。ミラーAI」
そこで打ち切り、というように言葉をくぎって。
「……ま、ともかく、行かないと。」
「どこへ?」
「第1ステーション」
「ここがそうじゃないの?」
「ここは、大西洋エレベータのメインステーション。……軌道エレベータは6基あって、ガラパゴス諸島にある第1エレベータのメインステーションが、いちばん中核なの。……どのみち、ここの昇降機が使えないなら、ほかのエレベータに行かないと」
「……遠いの?」
「もよりだから、それほどでも。……タクシーを使いたいんだけど」
「タクシー? そんなのあるの?」
「整備用の多脚宇宙船。タクシーって呼んでるの」
「それって……、」
朱里はさきほど窓から見た光景を思い出して、手をひろげた。
「もしかして、……このくらいの大きさの、黒いやつ? さっきの、蜘蛛みたいな……、」
「ちがう。それじゃ、誰も乗れないでしょ。もっとずっと大きくて、白いの」
「そっか……、」
「とにかく、」
とん、とエマはまた壁を蹴って、ふわりと飛んだ。
「……もうちょっと、あっちのコンソールで粘ってみるから。ここで待ってて、ね」
はぁい、と小さく返事をして、朱里はまた、うつむいて目を閉じた。
床をかるく蹴ってみる。
ゆっくりと、足が床からはなれる。
さっきのエマのポーズをまねして、体育座り。廊下のまんなかに、ふわりと浮いて。
それから、ゆっくりゆっくり、また、沈んでいく。
厳密には、ここは無重力ではないらしい。いや、重力ではなく遠心力。地球から遠く離れたこの位置、重力と遠心力が完全に相殺される場所よりわずかに上、優勢になった遠心力が、地球と反対側にある床に、朱里の体をゆっくり引き付けていく──、
「……カセイジン、」
もう一回床を蹴って、また宙に浮く。
腕輪は、なにも応えない。
「デイジー、」
ほんの1週間と少し前に別れたばかりの友人の名前をよぶ。
むろん、答えがあろうはずもない。
ほかに、……知り合いの名前がいくつも浮かぶ。地球を離れてから知り合った友人たち。ラードナーラ。パ=ルリ。ズ・ル。アルバ。ハギア。それから──、
思いだせない。
もう、ひとり、大切な相手がいたはずなのに。
たぶん──、
*
三時間後──、




