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異世界八景  作者: 楠羽毛
未来の世界
179/206

思いだせないだれか

挿絵(By みてみん)

「……わかんないよ。基幹AIったって、あなたが思ってるAIとは……」

「AIはAIでしょ。ミラーAI」

 そこで打ち切り、というように言葉をくぎって。

「……ま、ともかく、行かないと。」

「どこへ?」

「第1ステーション」

「ここがそうじゃないの?」

「ここは、大西洋エレベータのメインステーション。……軌道エレベータは6基あって、ガラパゴス諸島にある第1エレベータのメインステーションが、いちばん中核(ちゅうかく)なの。……どのみち、ここの昇降機が使えないなら、ほかのエレベータに行かないと」

「……遠いの?」

「もよりだから、それほどでも。……タクシーを使いたいんだけど」

「タクシー? そんなのあるの?」

「整備用の多脚(たきゃく)宇宙船。タクシーって呼んでるの」

「それって……、」

 朱里はさきほど窓から見た光景を思い出して、手をひろげた。

「もしかして、……このくらいの大きさの、黒いやつ? さっきの、蜘蛛みたいな……、」

「ちがう。それじゃ、誰も乗れないでしょ。もっとずっと大きくて、白いの」

「そっか……、」

「とにかく、」

 とん、とエマはまた壁を蹴って、ふわりと飛んだ。

「……もうちょっと、あっちのコンソールで(ねば)ってみるから。ここで待ってて、ね」

 はぁい、と小さく返事をして、朱里はまた、うつむいて目を閉じた。


 床をかるく蹴ってみる。

 ゆっくりと、足が床からはなれる。

 さっきのエマのポーズをまねして、体育座り。廊下のまんなかに、ふわりと浮いて。

 それから、ゆっくりゆっくり、また、沈んでいく。


 厳密には、ここは無重力ではないらしい。いや、重力ではなく遠心力。地球から遠く離れたこの位置、重力と遠心力が完全に相殺(そうさい)される場所よりわずかに上、優勢になった遠心力が、地球と反対側にある床に、朱里の体をゆっくり引き付けていく──、


「……カセイジン、」

 もう一回床を蹴って、また宙に浮く。

 腕輪は、なにも応えない。

「デイジー、」

 ほんの1週間と少し前に別れたばかりの友人の名前をよぶ。

 むろん、答えがあろうはずもない。


 ほかに、……知り合いの名前がいくつも浮かぶ。地球を離れてから知り合った友人たち。ラードナーラ。パ=ルリ。ズ・ル。アルバ。ハギア。それから──、


 思いだせない。


 もう、ひとり、大切な相手がいたはずなのに。


 たぶん──、



 三時間後──、

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