宇宙生活のいやなところ
「……ふう、」
慣れない無重力トイレで用を足しおえ、朱里はほっとして廊下に出る。エマは、体育座りの姿勢で宙に浮いたまま、じっと壁をにらみつけている。
エミーはその横で、壁にぴったりと背をつけて、すまして立っている。無重力をものともせず、マネキンみたいに。
「……あのトイレ、吸引式っていうの? なんかヤダな」
思わず、文句が口をつく。……もっとも、野宿していた頃よりはずっとまし……いや、どうだろう。
(……このまま出られなかったら、ずっとあれで用を足すわけね)
おもわず陰鬱な気持ちになって、ため息をつく。
「慣れるよ。……言ったでしょ。無重力にも、すぐ慣れるって」
エマの声がした。いつのまにか、手が触れるほどそばにいて、こちらを見ていた。
「慣れたっていうか……まだ、少し気持ちわるいけど。宇宙酔いが残ってるみたい」
「薬もあるんだけどね。……どこかに」
「どっかに?」
「……ここの間取り、よくわかんなくて。医務室とか倉庫とか、……あっても、薬品は残ってないかもしれないけど」
「地図かなんかないの?」
「それも、よくわからない」
「そんなことある?」
「あるの。……システムの構造が、わたしの知ってるものと違うみたい」
かすかに、ため息。眼は伏せずに、まっすぐに前をみながら。
「昇降ホールには、もう戻れない。このままじゃ、空気漏れは直せないし……」
そう、と小さく朱里はつぶやいて、黙りこんだ。
「……キーコードがさ」
「え?」
「わたしの権限で、入れるはずなんだけど」
「なにが?」
「制御システムの設定画面。……ログインはできたけど、なんだか知らないエラーメッセージが出るの。……基幹AIを起動してくださいって」
「AI? じゃあ……」
「基幹AIなんて、……聞いたことない」
「あなたが実験に行っているあいだに、システムが変わったってこと?」
「そうとしか考えられないけど、……」
まさか、AIにそんな大事な仕事を?
きりりと、奥歯をかみしめるようにして、エマはつぶやいた。