6本のまがった脚と赤いモノアイ
ドアにたどりつく寸前、耳のうしろに、また音がひびく。反射的にふりむくと、蜘蛛の眼の下から、細長いくちばしのような棒が伸びて。その先端の、黒い、小さな金具が、
こつん、こつんとリズムをつけて、窓を叩いていた。
悲鳴をこぼしそうになって、ぐっとこらえる。
ホールの反対側にいるエミーが目に入る。糸が切れたみたいに、ぐちゃりとくずれて、座りこんでいる──、
「アカリ!」
くるくるくる、とハンドルが勝手にまわる。重い音がして、ドアがひらく。半開きの隙間から手がのびて、引っ張りこまれる。
「エミー! 荷物持って出て!」
頭上を声がとぶ。数秒して、エミーがするりとドアをぬけてくる。その補助をしてから、エマは朱里に向き直った。
「だいじょうぶ?……ブザーが」
「あれ何?」
「たぶん、非常ブザー。なにか異常が……、」
「そうじゃなくて!」
きゅう、とドアがしまる。
ふたりが見ている前で、きゅるるるる、とか細い音をたててハンドルが勝手にまわり、扉全体がかすかに震える。密閉されているのだ。
「ねえ、」
「まって、」
エマのひとさし指が、丸ハンドルの軸のあたりに小さく触れる。かすかな起動音がして、ハンドルのすぐ上に、掌ほどのディスプレイが出現する。
細かい文字が、ぱらぱらぱら、と舞う。エマはディスプレイをじっと睨みつけて、ちいさく舌打ち。
「……空気漏れ」
「え?」
「ホールの一部で、気密がゆるんだみたい。……たぶん、昇降機が着いたときに、どこか衝撃で。メンテナンス履歴も、なんか変な感じだし──、」
「それって、……あの、蜘蛛みたいなやつがなにか……」
「クモ? そんなのいた? ステーションに?」
「……さっき、窓のむこうに。」
ディスプレイに釘付けだったエマの目が、とつぜんこっちをむいた。
「宇宙空間に?」
「蜘蛛っていうか、あの、足が6本くらいあるロボットみたいなやつ。……このくらいの。黒くて、赤い目があって──、」
「そんなの……見たことないよ」
エマはじっと朱里の目をみて、
「なに、……見たの?」
朱里は、眉をしかめてうつむいたまま、さァ、と言うしかなかった。