車酔いはしたことないのに
メインステーションに近づくにつれて、体が軽くなっていく。
いま、どのくらいの速度で降下してるんだろう。
いや、降下でなくて、上昇?
(……ええと、)
眉をひそめる。ともかく、……気持ちがわるい。吐きそうだ。
胃が、逆転しているみたい。頬が腫れぼったい。かすかに、頭痛も。
「宇宙酔い、するタイプ?」
こともなげに、エマがいう。
「しない人って、いるの?」
「わたし、酔ったことない」
いいながら、エマはふわりと右足のつまさきで床をける。
ふわりと浮くように跳んで、天井にタッチ。それから、十秒かけてゆっくりと、着地。
「……車酔いは、したことなかったんだけど」
「この昇降機、降りるときはキツいらしいんだよねえ。……ほら、いま減速に入ってるから、上方向の加速度と遠心力の変化がいい感じにミックスされて、こう、ぐだっと」
「……よくわかんない。理系ジョーク?」
「ジョークじゃなくてさ、」
もう一度、床を蹴って、……こんどは、空中であぐらをかいて、そのまますとんと降りる。
「ほんとうに、……ここで気分悪くなる人、多いんだよ。無重力は経験あるんでしょ?」
「まあ、……経験っていうか」
「なら、むこうに着いたらすぐよくなるよ。たぶんね」
「そうかなぁ……」
*
実際には、そうはならなかった。
*
「……ぅー、」
よろよろと、無重力の箱のなかを浮いたまま、くるりと丸まって。
小さく、床と壁をつついて、臍のあたりを中心に回転する。そうしていると、なんだか少し、楽。
遠心力が、重力のかわりになるような気がして。
「それ、……やめたほうがいいよ」
そう言われても、じっとしていると気持ちが悪いのだ。
「……はきそう」
「はいはい、トイレに案内するから。……もうちょっと、我慢して。」
いわれたやさきに、ぴいいっと、ブザーの音。
「ほら、……着いたよ」
部屋が、かすかに揺れる。かちゃんと、陶器があたるようなかわいた音がして、浮いていたエマが、床に手をつく。
「すぐ慣れるよ、」
と、気のない感じでいって、エマはふわりとまた翔んだ。ドアの白いパネルにちょんと触れてると、横開きの扉が、しゅんと湿った音をたてて開く。
「ここ、」
ドアから顔をだしかけて、エマがちいさくつぶやく。
「メインステーション、……」
「え?」
「いいえ。ちょっと、……違和感が」
「いわかん?」
いわれて、朱里も外をのぞく。
無重力のエレベーターホール。いや、ホールというには少し狭い。白い円形の部屋。天井と床はうっすら光って、そっけない壁を照らしだす。
片側に、大きな窓。きらめく星が、するどく刺し込んで。
もうとっくに上下の区別はない。どっちが床か、天井か。