とっぷりと静かにおちていく声
「……結局、何十年かけても人類はフレーム問題を解決できなくて」
エマの声は、とっぷりと静かで、なんだか沈んでいるようにきこえた。
「かわりに、ミラープログラムを発明したの。ずっと前、もう200年ちかく昔の話。システムは改良されたけど、理論は今でもほとんど変わってない。つまり……、」
エマの目は、どこか遠くを見ているようだった。
朱里でも、壁際にたっているエミーでも、壁のむこうの宇宙でもなく、
もっと、遠くを。
「……人間の、……それも、あらかじめ設定された特定の人間のオーダーに応える、あるいはその相手の模倣をする。機能をそれだけに絞ることで、人間のもつ感情と思考力──の、ようなものを、表面上だけ再現する理論。それだけ。」
「それだけ……、」
「そのあと200年経っても、私たちはそれ以上踏み出せなかった。……ほんとうの、自律した人工知能を作ることは、どうしてもできなかったの」
「あなた、……プログラマーなの?」
「ちがうよ。ただの趣味」
エマの目線は、いつのまにか、
エミーのちいさな額に、むけられていた。
「……わたしは、素粒子物理学者。人工知能は専門じゃないし、仕事で使ったこともない。昔から、趣味でいじってるだけ。」
「趣味で……人工知能を、」
朱里はちょっと眉をしかめて、……それから、ふと気になったことを、口に出した。
「……あなた、宇宙飛行士じゃなかったの?」
「え? まさか。」
エマは、両唇をかすかにまげて、笑った、……ように見えた。
「わたしは、もともと地上の大学にいたし……、ここに来たのは、たまたま研究職のポストがあったから。宇宙に来たいわけじゃなかった」
「そう、なんだ」
「べつに、嫌いじゃないけどね……、」
「そう、」
朱里は、目を伏せて、ちいさな声で、
「わたしは、……嫌いだな」
と、言った。