知らない歴史
「理論上は、……真の人工知能をつくることは可能なはずなの。だって、……人間の脳の容量はそこまで大きくないんだもの。少なくとも、自然ができたことを、電子で再現できないはずはない──、」
「……なにがちがうの?」
「え?」
「ミラー人工知能と、真の人工知能の違いって、何?」
「……うーん、それって」
こころなしか、エマのまぶたが、さっきより高くあがっているようにみえる。
唇も、なめらかに動いて。
「ようは、人間にできて、人工知能にできないことは何か、ってことなんだけど」
「そんなの、あるの?」
「たとえば、……嘘をつかないこと」
「え?」
なにかの、レトリックだろうか。
「……逆じゃ、ないの?」
「いいえ。……ねえ、もう少しあったかくできる?」
『かしこまりました』
突然のオーダーに応えたのは、エミーではなく、きれいな機械音。
部屋の中心、だれもいない空間から聞こえてくるような。
『室温を少し上げました。適温だと思います。お気に召すといいのですが』
「結構。……少しリラックスしたいの。会話をモニターするのをやめて、スリープモードに入りなさい」
『かしこまりました。……また必要な際は、管理者経由で再起動してください。よい旅を』
「ありがとう」
にっこりと笑って、エマはまた朱里の目をみた。
「……なに?」
「あったかくなったと思う?」
「え……、」
「この昇降機、温度調節機能はないの。」
「えぇ!?」
「あっても、低電力モードじゃ動かないと思うけど。……それから、スリープモードなんて機能もない。今も普通にモニターしてるし、話しかければ応えるはず」
「……どういうこと?」
「ミラー人工知能はね、人間を失望させることはできないの」
朱里はすっかり混乱して、眉をひそめた。
「そんなの、……役に立つの?」
「知ってるくせに。……そう呼ばないだけで、私たちが使ってる家電も、コンピュータも、インターフェイスはだいたいミラー人工知能が組み込まれてるんだよ」
「だって……、」
おもわず反論しかけてから、気づく。
これは、……別の世界の話だ。
でも、……
「ただ、……ふつうは、知能のないコンピュータプログラムと組み合わせて使うから、注意していないと気づかないかもね。ミラー人工知能は論理的思考ができないから、複雑な仕事は任せられないの」
「……どこかで聞いたような、」
とおい記憶を、さぐってみる。
この旅のあいだではなく、故郷の地球での記憶。
『いまの人工知能は、まだ、……』
誰かに、同じような話を、聞いたような──、




