キャラバン
砂塵──
ずっと先まで何もないように見えるが、風が強いせいで意外と視界はせまい。砂ぼこりと陽炎で、よくよく目をこらしても地平線まではとても見えない。
朱里は、天蓋付きの車のなかにいる。車をひくのは、ルーダーといわれる節足動物。巨大なワラジムシのような生き物である。
車は、3台。うち1台は荷物がぎっしり積まれて、朱里の乗る台車には、御者のほかに、風の民がふたり。うち一人は、ごろりと転がって動きもしない。そもそも天井が低いので、体の大きなかれらは、座るか寝ているしかないのだが。
「ハ・ル・シティだ!」
歓喜の声がきこえた。
朱里は、中腰のまま跳ねて、荷台のそとに顔をだした。まだ、かなり遠いようだが、建物のようなものがみえる。大きな、ビル街のようなシルエット、地上には、平たい台のようなものがたくさん並んで。
見上げる。シルエットの上半分が、ゆらいで歪む。蜃気楼か。
眼鏡をあげて、目をこらす。レンズにこびりついた砂粒にいらつきながら。
じいっと、にらみつけるように見て、ようやく。
まちがいない。あれは、街だ。そう、思う。
(ようやく、)
と、ふっと息をつく。体はスーツのおかげで快適だが、顔は汗だくだ。
「待て、」
と、御者がいう。
「あれは……、」
小さな丘をこえて、なにかが近づいてくる。
砂塵にまぎれて、よく見えないが、ルーダーのようだ。
キャラバンが使っているものより、ひとまわり小型。荷台をひくのではなく、鞍のようなものがついて、上に、ふたりずつ風の民が乗っている。
槍のようなものを、持って。
「兵だ!」
御者があわてて手綱をひく。ルーダーが急停止し、荷台が跳ねる。朱里はあわてて伏せながら、近づいてくるルーダーをかぞえた。10、いやその倍。人数ならさらに倍か。
どんどん近くなる。10歩ほどの距離で、むこうも急停止。縦隊で進んでいた兵たちはすぐに横ならびになり、キャラバンを取り囲むように広がっていく。
「ズ・ルの兵か!」
「いや……、あれは、本人だ」
朱里のわきにいた男が、御者とするどく会話をかわす。
誰のことか、と朱里が外に目をむけようとすると、すぐに幕が降ろされてしまった。
「中にいろ、」と、うなるような声で奥に追いやられる。
後は、声ばかり。
「……長はだれだ!」
高らかな、威厳のこもった声。
「わたしがキャラバンの長だ。ズ・ル殿」
応えたのは、グーラニではなかった。
たしか、もう一台のルーダーを御していた、背の高い男だ。
「わざわざシティの外までおいでとは、どういう御用件かな」
「うむ。……少しばかり、よくない噂を聞いたものでな」
「噂とは?」
「私と契約し、さだめられた荷だけを扱うことになっているキャラバンが、ひそかに別の荷を運んでいるという噂だ」
「ばかな。そんなことはありえませんね」
「ほう、噂によれば、」
ここで一拍、意味ありげにおいて、
「昨日、ハ・ル・シティからキャラバンにより水が持ち出されたそうだが。」
「存じません。乗員の私物でございましょう。」
「キャラバンの乗員は、重さ12ルー以上のものを個人的に持ち込むことは禁じられているはずだが?」
「……水の量まで、噂でお聞きになったので?」
「耳がよいものでな。だが、まあ、知らぬというなら知らぬのだろう。証拠もないことだ。わざわざ砂に誓えとは言わぬ。だが、もうひとつの噂は別だ」
「と、申されますと?」
「ハ・ル・シティの外で、水よりももっと大きな、動くものを密かに積み込んだという噂だ」
ぞっ、と荷台のなかの空気が揺れた。
ささやく声。早口にとりかわされる。
(なぜ、知っているのだ)
(通信が漏れたんだ……。)
(いつ、どこで!?)
(わからん。ことによると、本部にスパイが、)
そこまでいったところで、はっと朱里の目線に気がついたように、黙りこむ。
「……それこそ、ただの噂でしょう」
「ならば、よいが。ところで契約によれば、荷主には荷台を検める権利があるはずだな?」
しばらく、たがいに無言。
「……いや、やはりただの噂だろう」と、ズ・ルの声。
「そう、言っていただけると……」
「密かに積み込んだというのはただの噂で、実際には、やむなく保護したのだろう?」
ふたたび、乗員たちがざわめく。
(……やはり、知っている。)
(どこまで!?)
「それは……、」
「ならば、ハ・ル・シティに着きしだい、予定外の荷は規定どおり荷主に引き渡し、指示を受けることになるはずだな。当然そのつもりだろうと思って、手間をはぶくために出向いたわけだが」
ながい、沈黙。
それから、
ささやくような声が少しだけかわされ、幕があいた。