なんだか、むつかしい話
「これは仮定の話。月の軌道は、地球の自転と一致していないし、赤道上にあるわけでもない。でも、月じゃなくて、人工衛星なら?」
「つまり、……軌道エレベータっていうのは……」
「地球のまわりを猛スピードで回転しながらも、地表からは停止しているように見える、細長ーい人工衛星」
「へえ……、」
朱里は、ぼんやりと目をしばたかせた。
もう一度、想像してみる。そんな速さで動いているような気はしない。一瞬だけそう考えてから、眉をしかめる。地球だって自転しているのだ。
「エレベータの下はしは、海上の基地につながっているの」
「人工衛星なのに、基地につながってるの?」
「地表から見れば静止しているんだから、なんの問題もないでしょう。……それにね、」
「なに?」
「重力と遠心力が拮抗して、さらに地球の自転とシンクロするためには、当然、地球との距離……高さは決まってくる。軌道エレベータの重心は、その点にあるわけ。……そうすると、重心より上の部分は?」
「部分は? って……どういう意味?」
「重心では、重力と遠心力がつり合っている。それより上の軌道では遠心力が、下の軌道では重力が優勢になる──」
「つまり、上下から引っ張られる?」
「そう! 軌道エレベータはね、上と下をつまんでぴんと引っ張られて安定している、長い長い紐なの」
ほんの少し、声のトーンが高くなって、
(……こういうの、テンション上がるんだ)
目尻はほとんど動かないまま、かすかにつりあがった唇で。
どこかで、こういう顔をみたことがあるような気がする。
いや、……
見て、は、いなかったかも。
ともかく、なにか相槌をうたなくては。
……口を開こうとする。なんだか、うまくいかない。
舌がもつれて、喉のおくが、からからに乾いてしまったような。
少しだけ、息が荒くなる。それから、心臓の音が大きくなってくる。とんとんとん、と速いリズムで。ぎゅうっと締めつけられるような感覚が、胸のおくから喉、後頭部へと広がって、どうしていいかわからなくなる。
夢のことを思いだす。具体的には何もわからない。ただ、いやあな感触だけ。
「……ここの構造については、まだまだ長い話があるんだけど」
いつのまにか、エマの缶詰はすっかり空になっていた。
「そろそろ、……行こうか。……食欲、ないみたいだし」




