ずっと前に、聞いたような
「……ここはね、」
と、水をのむ手をとめて、エマは説明する。
「南大西洋の上空。……大西洋ってわかる?」
「……まあ、なんとなく」
朱里はぼんやりと頭をひねった。
ここは、宇宙空間ではないのか。
いや、それよりも。
「……ここ、地球なの?」
「なにをいまさら……、いや、いいわ。順を追って説明するから」
エマは、あきらめたように手をふった。エミーの顔をちらりと見る。エミーはエマの視線を受けて、にっこりと笑った。
「……宇宙ステーション、ってわかる?」
「なんとなく……」
「軌道エレベータは?」
「……ずっと前に、なんかで聞いたような……」
「ふむ」
とん、とん、と指で缶をたたいて。
「軌道エレベータというのはね、要は、細長い衛星みたいなものなの」
「衛星って、つまり、……」
「人工衛星。地球のまわりを公転する人工物。……地球の引力と、遠心力が釣り合って、地球との距離を一定に保っている。わかる?」
「うーんと、」
朱里は目をぐるぐるまわして、考えた。頭が、まだぼうっとしている。
「月は、地球の衛星?」
「そう。月は衛星。よくできました」
かすかに笑って。
「じゃあ、月が地球に落ちてこない理由は、知ってる?」
「だから、その、遠心力が、引力と釣り合ってるから……」
「そう。……ざっくりいうと、月のいまの位置と軌道と速度において、遠心力という見かけの力が、地球の引力と釣り合っているわけ。……もし、それより引力が強ければ、月は地球に落ち込んでいく。そうすると、月の軌道はより小さな円を描くことになって、遠心力は強くなり、重力と拮抗する。……逆に、遠心力のほうが強ければ、月は地球から離れて、今より大きな円軌道で回るようになる……」
「……それで?」
「ここにもうひとつ条件を加える。月が地球のまわりを回る速度が、地球の自転と一致していたら? 地球の表面からみて、月はどんなふうに見える?」
「……静止して見える?」
「そう。だとすれば、私たちは月から長い長い紐をたらして、それをつたって月まで行くことができるよね」
「長い紐を……、」
朱里は、その光景を想像して、頭をひねった。
月から地球までとどく、ながーい、ひも。
お釈迦様が垂らす、蜘蛛の糸みたいな。




