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異世界八景  作者: 楠羽毛
未来の世界
166/206

ずっと前に、聞いたような

「……ここはね、」

 と、水をのむ手をとめて、エマは説明する。

「南大西洋の上空。……大西洋ってわかる?」

「……まあ、なんとなく」

 朱里はぼんやりと頭をひねった。

 ここは、宇宙空間ではないのか。


 いや、それよりも。


「……ここ、地球なの?」

「なにをいまさら……、いや、いいわ。順を追って説明するから」

 エマは、あきらめたように手をふった。エミーの顔をちらりと見る。エミーはエマの視線を受けて、にっこりと笑った。

「……宇宙ステーション、ってわかる?」

「なんとなく……」

「軌道エレベータは?」

「……ずっと前に、なんかで聞いたような……」

「ふむ」

 とん、とん、と指で缶をたたいて。

「軌道エレベータというのはね、要は、細長い衛星みたいなものなの」

「衛星って、つまり、……」

「人工衛星。地球のまわりを公転する人工物。……地球の引力と、遠心力が()()って、地球との距離を一定に保っている。わかる?」

「うーんと、」

 朱里は目をぐるぐるまわして、考えた。頭が、まだぼうっとしている。

「月は、地球の衛星?」

「そう。月は衛星。よくできました」

 かすかに笑って。

「じゃあ、月が地球に落ちてこない理由は、知ってる?」

「だから、その、遠心力が、引力と釣り合ってるから……」

「そう。……ざっくりいうと、月のいまの位置と軌道と速度において、遠心力という見かけの力が、地球の引力と釣り合っているわけ。……もし、それより引力が強ければ、月は地球に()ち込んでいく。そうすると、月の軌道はより小さな円を描くことになって、遠心力は強くなり、重力と拮抗する。……逆に、遠心力のほうが強ければ、月は地球から(はな)れて、今より大きな円軌道で回るようになる……」

「……それで?」

「ここにもうひとつ条件を加える。月が地球のまわりを回る速度が、地球の自転と一致していたら? 地球の表面からみて、月はどんなふうに見える?」

「……静止して見える?」

「そう。だとすれば、私たちは月から長い長い(ひも)をたらして、それをつたって月まで行くことができるよね」

「長い紐を……、」

 朱里は、その光景を想像して、頭をひねった。

 月から地球までとどく、ながーい、ひも。


 お釈迦様(しゃかさま)が垂らす、蜘蛛(くも)の糸みたいな。

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