かわいた音が渦を巻くように
「ちょうどいいから、ここでお昼ね。……フネにはまだ少し予備があるけど、何がどうなってるかわからないし、節約しないと」
「はあ……、」
あまり、食欲はない。が、食べなければ生きられない。
「ちょっと、座ろうか」
エマはそういって、椅子をちょっと触ってから、デスクのうえにじかに腰かけた。見渡すかぎり、机上には何もない。床にも、壁際のキャビネットの中にも。
引っ越したあとみたいだ。
朱里も、エマのまねをして座る。机のあいだの空間が狭すぎて、椅子には座りにくいのだ。特に、船外服を着たままでは。
「……このステーションはね、発着ドックとその管理用なの」
だらりと長い脚をくんで、右手でもちあげた缶のラベルを眺めながら、エマはちいさな声で言った。
「発着ドック……、」
「宇宙船の。……わたしが乗ってきた実験船もそうだし、月基地とも……、」
そういえば、というふうに、エマがいう。
「……月基地が、なかった」
「え?」
「月基地が、なかったの。太陽の発電衛星も。……このステーションは、残ってるのに。」
じっと、こちらを見る。
朱里は、どうしていいかわからずに、黙りこんでしまった。
(どうして、……そんなことを、私にいうんだろう)
ぼんやりと、そう思う。
黙っていると、エマは、目を伏せて動かなくなってしまった。
石像、みたいに。
それから、5分ほども経っただろうか。朱里は、てんてんと指を動かしながら、手持ちぶさたにボンヤリとしていた。
唐突に、じ、じ、と乾いた音。
ホワイトノイズ、みたいな。
(……え、)
あわてて、あたりを見回す。
エマは、うつむいたまま動かない。額にかるく指をあてて、目を細めたまま硬直している。
エミーも、ぴたりと壁に背をむけて立ったまま。まるで、電源が切れたみたいに。
ノイズ音は、止まらない。いや、だんだん、大きくなっていく。
……渦を巻くように。
「エマ、」
声をかけると、かすかに、エマが動く。そちらに目をやる前に、
『朱里! 不具合が、』
だれかの、……いや、よく知った声。腕輪に内蔵された、人工知能プログラムの。デイジーベルを出てからここまで、ずっと一緒だった。
──タコのような顔が、一瞬だけ空中に浮かんで、すぐ消える。
「え……、」
「なに?」
エマが、真顔で尋ねてくる。
「カセイジンが、……」
「火星人? なに、言ってるの?」
「……なんでもない、」