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異世界八景  作者: 楠羽毛
未来の世界
163/206

だれもいない

 無人。

 ここも無人。

 そのとなりも。

 オフィスも、第二ドックも、加工室も、資料庫も、仮眠(かみん)室も、サーバールームも、図書室も、会議室も、食堂も、リネン室も、器具倉庫も。

 空調の音と、3人の足音だけ。

「ねえ、これ非常食じゃない?」

 朱里が、大きな声をあげる。

 メインストリートをまっすぐ歩いて、手当たりしだいにドアをくぐった奥。バックオフィスの、ずらりと並んだ事務机のあいだを、ずんずんと奥まで進んで、端から引き出しをあけていく。

 がしゃがしゃと、するどい音をたてて。

 室内の通路は、体を横にしないと通れないくらい狭くて、椅子をひいたらもう動けない。両側の引き出しを開けると、反対側の引き出しにくっついてしまう。かまわず、どんどん開ける。

 職員室みたいだ、と思いながら。

食糧(しょくりょう)? あったの?」

 エマが、ゆっくりと歩いてくる。

「これ、ちがう?」

 朱里が、そこにあった箱を指さす。金属製の、かたそうな箱。

 ほとんどの引き出しはからっぽで、中身があったのはひとつだけ。それも、

 正面に()ってあるラベルには、数字と、読めないアルファベットの列。……知らない文字がいくつか。知っている単語は、なさそうだ。たぶん英語ではない。フランス語か、ドイツ語かなにかか。上側には、小さなアイコン画像。青い、涙みたいな。その下に、小さなロゴ。ビー、エー、シー。それから、知らない文字。

 ラベルの真ん中に、矢印と、数字と、絵。たぶん、開け方の説明画像。缶詰(かんづめ)かなにかの。最後の絵は、おいしそうになにかを頬張(ほおば)る少年。

「見せて」

 エマが、がしゃがしゃと引き出しを動かしながら近づいてきて、両手で金属製の箱を持ち上げた。底面をみて、顔をしかめる。

「ねえ、……今、いつ? 何年何月何日?」

「え、……わかんない」

 朱里は眉をしかめた。なんで(わたし)にきくんだろう。

「……ま、いいか」

 エマはいやそうに首を振ってから、もう一度、箱を床におろした。

「ちょっと、食べてみようか。多分、死ぬわけじゃないし……」

「消費期限、切れてたの?」

「期限はないから、たぶん、大丈夫。半永久的に保つって習ったし……」

 言葉を(にご)しながら、ぞんざいな手つきで箱の(ふた)に指をかけようとして、また眉をしかめる。数秒、動きをとめてから、箱をおろして、手袋と一体化した船外服を脱ぐ。こんどは素手(すで)で、もう一度。

 しばらくこねくり回すと、ぱちんと音がして、蓋がななめに外れる。

 それから、雑に、さかさまにしてがしゃんと振ると、……中から、いくつかの正方形の(かん)が飛び出してきて、からっぽのデスクの上に転がった。

「……中身、なんなの?」

 朱里がぼそりと言った。

 缶には、ラベルはない。ただ、表面にみじかい文字列が刻印されている。

「た・べ・も・の」

 エマはそっけなく言って、8つあった缶のうちふたつを、朱里に手渡した。

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