だれもいない
無人。
ここも無人。
そのとなりも。
オフィスも、第二ドックも、加工室も、資料庫も、仮眠室も、サーバールームも、図書室も、会議室も、食堂も、リネン室も、器具倉庫も。
空調の音と、3人の足音だけ。
「ねえ、これ非常食じゃない?」
朱里が、大きな声をあげる。
メインストリートをまっすぐ歩いて、手当たりしだいにドアをくぐった奥。バックオフィスの、ずらりと並んだ事務机のあいだを、ずんずんと奥まで進んで、端から引き出しをあけていく。
がしゃがしゃと、するどい音をたてて。
室内の通路は、体を横にしないと通れないくらい狭くて、椅子をひいたらもう動けない。両側の引き出しを開けると、反対側の引き出しにくっついてしまう。かまわず、どんどん開ける。
職員室みたいだ、と思いながら。
「食糧? あったの?」
エマが、ゆっくりと歩いてくる。
「これ、ちがう?」
朱里が、そこにあった箱を指さす。金属製の、かたそうな箱。
ほとんどの引き出しはからっぽで、中身があったのはひとつだけ。それも、
正面に貼ってあるラベルには、数字と、読めないアルファベットの列。……知らない文字がいくつか。知っている単語は、なさそうだ。たぶん英語ではない。フランス語か、ドイツ語かなにかか。上側には、小さなアイコン画像。青い、涙みたいな。その下に、小さなロゴ。ビー、エー、シー。それから、知らない文字。
ラベルの真ん中に、矢印と、数字と、絵。たぶん、開け方の説明画像。缶詰かなにかの。最後の絵は、おいしそうになにかを頬張る少年。
「見せて」
エマが、がしゃがしゃと引き出しを動かしながら近づいてきて、両手で金属製の箱を持ち上げた。底面をみて、顔をしかめる。
「ねえ、……今、いつ? 何年何月何日?」
「え、……わかんない」
朱里は眉をしかめた。なんで私にきくんだろう。
「……ま、いいか」
エマはいやそうに首を振ってから、もう一度、箱を床におろした。
「ちょっと、食べてみようか。多分、死ぬわけじゃないし……」
「消費期限、切れてたの?」
「期限はないから、たぶん、大丈夫。半永久的に保つって習ったし……」
言葉を濁しながら、ぞんざいな手つきで箱の蓋に指をかけようとして、また眉をしかめる。数秒、動きをとめてから、箱をおろして、手袋と一体化した船外服を脱ぐ。こんどは素手で、もう一度。
しばらくこねくり回すと、ぱちんと音がして、蓋がななめに外れる。
それから、雑に、さかさまにしてがしゃんと振ると、……中から、いくつかの正方形の缶が飛び出してきて、からっぽのデスクの上に転がった。
「……中身、なんなの?」
朱里がぼそりと言った。
缶には、ラベルはない。ただ、表面にみじかい文字列が刻印されている。
「た・べ・も・の」
エマはそっけなく言って、8つあった缶のうちふたつを、朱里に手渡した。




