お気に入りの服で
「……寒い、」
エマが、ぼそりと呟く。
半袖の腕にちいさく鳥肌がたって、白い肌にぶつぶつと。
たしかに、寒い。空調は動いているはずだが、冬の夜のようにひんやりとした空気が、足元によどんでいる。
服装のせいかもしれない。エマは動きにくい船外服を脱いで、黒のアンダーシャツと薄手のズボンだけで歩いている。荷物はなく、手ぶら。船外服は、エアロックのそばに置いてきた。
朱里は、エマのとなりを歩きながら、ちいさく頷いて、
「やっぱり、着てたほうがいいんじゃない。……宇宙服」
言うと、エマはふと立ち止まって、こちらを向いた。
「ねえ、……いまさらだけど、あなたのその格好、なに? 仮装?」
「え、」
朱里は一瞬だけ眉をしかめて、それから、目線を落とした。
こちらも船外服からもとの服装に戻って、鞄を背負っている。……砂漠の国で、パ=ルリという女に仕立ててもらった服。薄布が上下にふんわりと広がって、飾り鎖と小さな宝石がきらきら光る。
たしかに、宇宙ステーションには似つかわしくない。コスプレじみている。
「仮装、……じゃないけど」
「ふうん」
「……着替えたほうがいい?」
「いや、べつに」
そっけなく言って、また歩きだそうとする。向き直りざま、ちらりとエアロックのほうを見る。まっすぐな廊下をずいぶん歩いた。戻るのは、少し大変そうだ。
「船外服をお持ちしましょう」
エマの後ろにぴったりくっついて歩いていたエミーが、しずかな声でいう。エマは、にっこりと笑って、
「おねがい。……二つともね」
エミーは丁寧に頭をさげて、エアロックにむけて、来た道を戻っていく。
「……暖房が、まだちゃんときいてないみたい。電力も足りてないし……」
エマは天井の給気口を見上げて、かすかに眉をしかめた。
「ねえ、……」
朱里は、ぎゅっと両腕を抱きしめて擦りながら、エマの顔を見上げた。
「ここ、……どういう場所なの?」
「メインストリート。いま半分くらいかな」
「そうじゃなくて……、」
大きな声をだしかける。エマは聞こえなかったように、ぱちぱちと瞬きをして、
「ま、ほっとけばだんだん暖かくなるはずだから」
そういって、……壁に背をもたせて、目をとじてしまった。