闇のなかに、なにかが
背後で、扉が閉まった。音はない。振り向いて確認する。たしかに、閉じている。
エレベータの中みたいな小部屋。天井のライトはかっと明るくて、目がくらみそうだ。反対側には、また同じようなドア。右側に、タッチ式の操作パネル。エレベーターみたいだ。
パネルの隣には、レバーがふたつ。扉の外にあったのと同じ高さに。
エマが、操作パネルに指を滑らせる。反応が悪いのか、二回ほどやり直して、ようやく画面がちかちかと光る。
「わ、」
おもわず、うめき声。なにかに足をとられて、転びそうになったのだ。突風。いや、ここは真空のはずだ。ぎゅっと全身が締め付けられるような錯覚をおぼえる。
次の瞬間、船外服が、ぞろりと蠢いた。そう感じただけかもしれない。
(なに、これ)
叫び出しそうになるのを、喉をしめつけてこらえる。
風。いや、空気。
少しずつ、部屋に空気が満ちているのだ。
体が揺れて倒れそうになるのをこらえて、待つ。
およそ1分ほど、そのまま耐える。
エマが、タッチパネルのメーターをみて、かすかに首を動かす。それから、2つあるレバーを目でたしかめて、片方に両手をかける。
がこんと、大きな音がした。
奥の扉がひらく。ごう、と風が吹き出してきて、また転びそうになる。『気圧がね』と小さくエマがつぶやく声が、インカムからきこえる。その声がおわらないうちに、バランスをくずして膝をついてしまう。そのまま、前を見る。
*
扉のむこうには、闇。
*
朱里がぼうっとしていると、エマはいつのまにかヘルメットを外していた。かすかに眉をあげて、肉声で、
「もう、脱いでいいよ」
ぼんやりとをそれを聞きながら、ヘルメットに手をかける。どうやって脱ぐんだろう、と考える。膝をついたまま。それから、目をとじて、また開く。
扉のむこうは、まっくら。
当たり前だ。ただ、電気がついていないだけ。夜の寝室とおなじ。だけど、……
なんだか、今日はこわい。
(夢で見た、ような…、)
く、と首になにかの感触。
あわてて身じろぎすると、ぐいとおさえつけられて、宇宙服の首すじに力が入る。ばちん、と小さな音と、痛み。それからシュッと擦過音がして、ヘルメットがはずれる。
「こうやるの。わかった?」
エマの顔がすぐ目の前にあった。
「……うん、」
朱里は、ちいさな声でうなずいた。
*
明るくなってみると、そこは、ただの狭い廊下だった。




