表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界八景  作者: 楠羽毛
未来の世界
158/206

糸がきれた人形みたいに

 朱里が着ているのは、砂漠の国でパ=ルリという女にもらった服だ。宝石と飾り鎖と、腰のまわりに広がった薄布が、動くとふんわりと()れて、そのあいだに素肌(すはだ)が見える。

 きれいなばかりで、実用性はない。特に、寒いところでは。

 はじめて着たときは、似合わなくて嫌だな、と思っていた。今でも、そう思う。わたしに似合うはずがない。けれども、……

 うじうじと考えながら、着替える。さっきまで寝転(ねころ)がっていた倉庫で。

 エマはいない。エミーが、倉庫の入口ちかくに立って、こちらをじっと見ている。……いや、見ている、のだろうか? とにかく、目をあけてこちらを向いているのはたしかだ。

 飾り鎖をはずして、(そで)のないトップスを脱ぐ。ショートパンツをおろすと、ざらりと小さな音がして、床に砂が落ちた。宇宙船の倉庫には不似合いな、海岸の砂。

 さすがに、寒い。鳥肌(とりはだ)がたっている肌をぽんぽんと叩いて、砂と埃をおとす。ちらりと目線を落として、気づく。下着には、まったく砂がついていない。埃も、(どろ)のしみも。

 この旅がはじまったときに、銀髪(ぎんぱつ)の王女が支配する宇宙船デイジーベルで支給された下着。ただの布みたいに見えるが、なぜか、まったく(よご)れがつかない。

 (かばん)のポケットから布を出して、眼鏡を、かるく()く。これがなければ、何も見えない。

 木でできた、可動部分のないフレームと、ガラス製の分厚いレンズ。ベレオという大河に浮かぶ箱船で、引きこもっていた男につくってもらったものだ。

 それから、指輪。

 地下世界で、小さな騎士(きし)にもらった、愛のあかし──、


 床を見る。それから、転送機を。ため息をつこうとして、エミーの目を気にしてやめる。


 足下の、宇宙服をみる。


 むかし、テレビや写真で見たことのある宇宙服とは、だいぶ様子がちがう。一見したところ、グレーの生地(きじ)にオレンジの線が入った、普通の作業着のようだ。ただ、長靴(ながぐつ)風のブーツと手袋(てぶくろ)は、作業着と一体化して、切れ目なくつながっている。

 正面にある切れ目から足を入れて、全身をなんとか詰め込む。内側は綿の布地のような感触で、素肌にあたってもそれほど不快ではない。たぶん、本当は肌着(はだぎ)の上に着るものなのだろうが。

 サイズが合わないので、手袋は指の先が余ってしまう。(あし)(たけ)が余っていて、歩きにくいが、仕方がない。

 前を留めようとして、気づく。チャックがない。布の端は、ただ、なめらかな切れ目だ。

「これ、どうやって……、」

 小さな声でつぶやきながら、エミーのほうを見る。

 返事はない。

「あの、これ……」

 ちょいと、胸のところを持ち上げて、もう一度声をかける。

 エミーはこちらをむいたまま、微動だにしない。石像みたいに直立して、まぶたを開いたまま。

「ねえ……ねえ!」

 朱里は不安になって、船外服の胸元(むなもと)を右手で握ったまま、よろよろとエミーに近づいた。

「ちょっと!」

 耳元で叫んでも、反応はない。

 どきんと、心臓が大きく跳ねた。

 ぞっとする。

 おもわず手を出す。エミーの、冷たい頬にふれる。硬い。


 がたん、と、(かわ)いた音がした。


 次の瞬間、エミーは(ひざ)からくずおれて、朱里の足元に(たお)れていた。首は力なく曲がって、足の関節は、ふつうとは反対側にぐるりと半回転。

 まるで、糸が切れたみたいに。


 朱里は、途方(とほう)に暮れてしまった。



 エマがやってくると、エミーはすぐに立ち上がって、にっこりと笑った。

 エマは、何も言わずに、朱里の胸元に手をあてて、船外服をそっと閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ