糸がきれた人形みたいに
朱里が着ているのは、砂漠の国でパ=ルリという女にもらった服だ。宝石と飾り鎖と、腰のまわりに広がった薄布が、動くとふんわりと揺れて、そのあいだに素肌が見える。
きれいなばかりで、実用性はない。特に、寒いところでは。
はじめて着たときは、似合わなくて嫌だな、と思っていた。今でも、そう思う。わたしに似合うはずがない。けれども、……
うじうじと考えながら、着替える。さっきまで寝転がっていた倉庫で。
エマはいない。エミーが、倉庫の入口ちかくに立って、こちらをじっと見ている。……いや、見ている、のだろうか? とにかく、目をあけてこちらを向いているのはたしかだ。
飾り鎖をはずして、袖のないトップスを脱ぐ。ショートパンツをおろすと、ざらりと小さな音がして、床に砂が落ちた。宇宙船の倉庫には不似合いな、海岸の砂。
さすがに、寒い。鳥肌がたっている肌をぽんぽんと叩いて、砂と埃をおとす。ちらりと目線を落として、気づく。下着には、まったく砂がついていない。埃も、泥のしみも。
この旅がはじまったときに、銀髪の王女が支配する宇宙船デイジーベルで支給された下着。ただの布みたいに見えるが、なぜか、まったく汚れがつかない。
鞄のポケットから布を出して、眼鏡を、かるく拭く。これがなければ、何も見えない。
木でできた、可動部分のないフレームと、ガラス製の分厚いレンズ。ベレオという大河に浮かぶ箱船で、引きこもっていた男につくってもらったものだ。
それから、指輪。
地下世界で、小さな騎士にもらった、愛のあかし──、
床を見る。それから、転送機を。ため息をつこうとして、エミーの目を気にしてやめる。
足下の、宇宙服をみる。
むかし、テレビや写真で見たことのある宇宙服とは、だいぶ様子がちがう。一見したところ、グレーの生地にオレンジの線が入った、普通の作業着のようだ。ただ、長靴風のブーツと手袋は、作業着と一体化して、切れ目なくつながっている。
正面にある切れ目から足を入れて、全身をなんとか詰め込む。内側は綿の布地のような感触で、素肌にあたってもそれほど不快ではない。たぶん、本当は肌着の上に着るものなのだろうが。
サイズが合わないので、手袋は指の先が余ってしまう。脚も丈が余っていて、歩きにくいが、仕方がない。
前を留めようとして、気づく。チャックがない。布の端は、ただ、なめらかな切れ目だ。
「これ、どうやって……、」
小さな声でつぶやきながら、エミーのほうを見る。
返事はない。
「あの、これ……」
ちょいと、胸のところを持ち上げて、もう一度声をかける。
エミーはこちらをむいたまま、微動だにしない。石像みたいに直立して、まぶたを開いたまま。
「ねえ……ねえ!」
朱里は不安になって、船外服の胸元を右手で握ったまま、よろよろとエミーに近づいた。
「ちょっと!」
耳元で叫んでも、反応はない。
どきんと、心臓が大きく跳ねた。
ぞっとする。
おもわず手を出す。エミーの、冷たい頬にふれる。硬い。
がたん、と、乾いた音がした。
次の瞬間、エミーは膝からくずおれて、朱里の足元に倒れていた。首は力なく曲がって、足の関節は、ふつうとは反対側にぐるりと半回転。
まるで、糸が切れたみたいに。
朱里は、途方に暮れてしまった。
*
エマがやってくると、エミーはすぐに立ち上がって、にっこりと笑った。
エマは、何も言わずに、朱里の胸元に手をあてて、船外服をそっと閉じた。