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異世界八景  作者: 楠羽毛
砂漠の世界
15/206

ズ・ル

 足音。

 風の民の体は軽いので、大きな音はたてない。のそり、ぺたりと、しずかな、

 河童のような。

 なかでも、この男の足音は軽い。体格のせいもあるが、性格が反映されているような気もする。軽薄。そう、思う。

「楽しんでくれているようだな」

 男、といっても、朱里には風の民の性別はわからない。腕輪が翻訳する声の調子や、言動からそう思うだけだ。少し赤みがかった茶色の肌、大ぶりの複眼。

 肩に、大きな輪っかがふたつ、じゃらりと垂らした首かざり。輪っかは白、首かざりは薄紅色の、きれいな宝石が埋め込まれて、回路図のような複雑なもようで彩っている。

 それから、王冠。いや、帽子か。素材は硬質の何か。石ではないようだが。

 七色、もっとか。所せましと、色とりどりの宝石を貼り付けて。子供が、ビー玉と紙ねんどでつくった工作みたいな。

 ズ・ル。この屋敷の主。ハ・ル・シティで随一の実業家である。

「……遠くない?」

 朱里が、小さくつぶやく。ズ・ルは、プールから10メートルほど離れたところにしつらえられた椅子に座っている。

「水は苦手なのでな。気にするな」

「……これ、あなたのプールでしょ?」

 水ぎわの岩に手をかけてかるく浮きながら、朱里は不審げに問い返した。

「水袋人と一緒にするな。……風の民は、水に近づくのは苦手なんだ」

「なのに、お屋敷は水でいっぱい。ヘンなの」

「それとこれとは、別さ。……おれたちに言わせれば、おまえのほうがおかしいよ。あれを口に入れるだなんて」

「ふうん……、」

 そんなもんか、と首をひねる。

 水袋人と呼ばれるのにも慣れた。風の民の世界は、とにかく、かわいている。肉も、空気も。

 この屋敷にいると、忘れそうになるが。

「ま、そのおかげでお前を見つけることができたんだがな」

「え?」

「キャラバンに水を注文したろう。それが、おれの耳にはいったのさ」

「あぁ、……」

 朱里は目を細めて唸った。もちろん、自分で注文したわけではない。

「あれだけの量でも、まァ庶民なら身上傾くほどの値はしたろう。おまえを拾ったのはどんな奴だったんだ?」

「知らないの?」

「あいにくと、そこまでは耳が届かなかったのでな。」

「そう。……」

 朱里はちょっと迷ってから、

「……迷惑をかけないなら、教えてあげる」

「なんだそれ?」

「わたしの恩人だもの。」

「キャラバンからお前を引き揚げたことを言ってるか? ありゃあ方便だ。おまえの恩人なら、感謝したいぐらいだ。信用しろよ」

 朱里はちょっと考えた。信じないわけではない。が。

「じゃ、約束してよ。」

「……砂に誓う。これでよいか?」

 朱里はうなずいた。言葉の意味はわからないが、真摯な誓いであろうことはわかる。

「ギマ、というの。辺境で、ひとりで暮らしている──」

 その名前を、朱里が口にしたとき、


 ズ・ルの尾が、ひときわ大きくゆれたことに、朱里は気づかなかった。

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