ズ・ル
足音。
風の民の体は軽いので、大きな音はたてない。のそり、ぺたりと、しずかな、
河童のような。
なかでも、この男の足音は軽い。体格のせいもあるが、性格が反映されているような気もする。軽薄。そう、思う。
「楽しんでくれているようだな」
男、といっても、朱里には風の民の性別はわからない。腕輪が翻訳する声の調子や、言動からそう思うだけだ。少し赤みがかった茶色の肌、大ぶりの複眼。
肩に、大きな輪っかがふたつ、じゃらりと垂らした首かざり。輪っかは白、首かざりは薄紅色の、きれいな宝石が埋め込まれて、回路図のような複雑なもようで彩っている。
それから、王冠。いや、帽子か。素材は硬質の何か。石ではないようだが。
七色、もっとか。所せましと、色とりどりの宝石を貼り付けて。子供が、ビー玉と紙ねんどでつくった工作みたいな。
ズ・ル。この屋敷の主。ハ・ル・シティで随一の実業家である。
「……遠くない?」
朱里が、小さくつぶやく。ズ・ルは、プールから10メートルほど離れたところにしつらえられた椅子に座っている。
「水は苦手なのでな。気にするな」
「……これ、あなたのプールでしょ?」
水ぎわの岩に手をかけてかるく浮きながら、朱里は不審げに問い返した。
「水袋人と一緒にするな。……風の民は、水に近づくのは苦手なんだ」
「なのに、お屋敷は水でいっぱい。ヘンなの」
「それとこれとは、別さ。……おれたちに言わせれば、おまえのほうがおかしいよ。あれを口に入れるだなんて」
「ふうん……、」
そんなもんか、と首をひねる。
水袋人と呼ばれるのにも慣れた。風の民の世界は、とにかく、かわいている。肉も、空気も。
この屋敷にいると、忘れそうになるが。
「ま、そのおかげでお前を見つけることができたんだがな」
「え?」
「キャラバンに水を注文したろう。それが、おれの耳にはいったのさ」
「あぁ、……」
朱里は目を細めて唸った。もちろん、自分で注文したわけではない。
「あれだけの量でも、まァ庶民なら身上傾くほどの値はしたろう。おまえを拾ったのはどんな奴だったんだ?」
「知らないの?」
「あいにくと、そこまでは耳が届かなかったのでな。」
「そう。……」
朱里はちょっと迷ってから、
「……迷惑をかけないなら、教えてあげる」
「なんだそれ?」
「わたしの恩人だもの。」
「キャラバンからお前を引き揚げたことを言ってるか? ありゃあ方便だ。おまえの恩人なら、感謝したいぐらいだ。信用しろよ」
朱里はちょっと考えた。信じないわけではない。が。
「じゃ、約束してよ。」
「……砂に誓う。これでよいか?」
朱里はうなずいた。言葉の意味はわからないが、真摯な誓いであろうことはわかる。
「ギマ、というの。辺境で、ひとりで暮らしている──」
その名前を、朱里が口にしたとき、
ズ・ルの尾が、ひときわ大きくゆれたことに、朱里は気づかなかった。