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異世界八景  作者: 楠羽毛
未来の世界
145/206

モード3

 ため息をついて、やり方をかえる。

 モードをかえて、マニピュレーターのさらに先にある、三本の『指』を動かすことにする。

 指の太さは、人間の手と同じくらい。関節の数は、人間の倍。熟練した操縦者でなければ、まともに扱えるものではない。

 もちろん、エマは熟練者ではない。

 ともかく、マニピュレーター本体の保持をオートバランサーにまかせて、『指』をハッチのはしに据える。

 カメラのむこうに、ハッチの外部操作盤が目に入る。あれを使えば、と一瞬考えて、あきらめる。マニピュレーターの指では大きすぎて、操作盤は扱えない。船外服を着て、直接操作すれば、……いや、そもそも内部からロックを解除しないと、操作盤は起動しない。だめだ。

 とにかく、やるしかない。

 ハッチの端、気密材でぴったりくっついている部分に、指をねじこむ。

 もう一度。

 ハッチはぴくりともしない。


 ……こうなれば、最後の手段だ。


 深呼吸して、コントローラから手を抜く。

 オートバランサーのモードをかえて、宇宙船とステーションの相対位置を指定する。

 かすかな振動が、座席に伝わって来る。

 宇宙船をハッチに正対させる。ハッチの端に据えたマニピュレータの指を、ぐっとねじこんだままで。

 いま動いているのは、液体燃料の補助エンジンだ。その向きを、ハッチの反対側にあわせる。手動では不安なので、軸をあわせる作業はオートでやらせる。

 ぴったり、合っていることを3回確認する。

 深呼吸がわりに、ため息ひとつついてから、全開。


 この世の終わりみたいな、振動が伝わってくる。


 宇宙船の外殻より、ハッチの接合部分のほうが絶対的に弱いはずだ。少なくとも、船が壊れることはない。

 そう思っていても、どきどきする。

 振動、また振動。座席が跳ねる。それから、音。轟音。

 ふたたび、轟音。

 カメラにノイズが走って、すぐに暗くなる。壊れたかと思ったが、単に暗いだけのようだ。屋内には、太陽の光は届かない。


 成功だ。

 ハッチは破壊された。


 ひととおりチェックを走らせる。宇宙船のどこからもエラーは出ていない。外殻も。

 が、燃料がもうほとんどない。再発進どころか、船内電力の再充電にも足りない。ということは、イオンエンジンの再起動もできないということだ。

 厳密な燃料計算は少々サボっていたが、それにしたって、減りが早い。もっと予備はあった筈だ。


 ……考えても、仕方がない。ログを見るのは、落ち着いてからでいいだろう。いや、ステーションの職員に任せたっていい。

 ともかく、帰ってきたのだ。

「エミー! 船外服をとってきてくれる?」

 エマは、くるりと振り返って、ずっと控えていたアンドロイドに、そう命じた。

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