自操式マニピュレータ
帰還寸前になっても、地球からの応答はない。
着陸予定の軌道ステーションは、かわらず存在している。ただ、なんの返答もない。地上基地も。
応答ねがいます、とまた20回ばかりくりかえして、いったんあきらめる。自動通信にきりかえて、耳だけ傾ける。返答は一度もない。
地球の衛星軌道に近づいていく。
からだが重い。操作室の椅子にすわって、肩を大きくまわす。ベルトも電磁靴も使わず、体重をかけて座る感覚を、久々に思いだす。
地球の重力ではない。遠心力だ。つまり、地球は頭上にある。
発着ステーションは、地上から立ち上がる巨大な塔のような軌道エレベータの先端にあり、エレベータを安定させるためのバラストを兼ねている。
船は、ステーションの回転にぴったりつきしたがって、およそ500メートルほど距離をとっている。
わずか500メートル。いつでも、接触できる状態だ。
しかし、勝手に降りるわけにはいかない。そもそも、入り口が開かない。
何度も、信号を送る。
何度も、何度も。
また、数時間──、
このまま回っていても、どうにもならない。
そう思いながら、また、打電する。応答はない。
決心する。
こじ開けるしかない。
「マニピュレータ起動、」
どきどきしながら、いちいち口に出して、ホログラムパネルを操作する。
ボール状の船の両脇に収納されている、2本の腕。
パワーは弱いが、接舷用のハッチを壊して開けることくらいならできるはずだ。
あまり自信はない。非常用のツールで、訓練は数回しかしていない。が、とにかく、起動する。
マニピュレータがせり出していく振動が、操縦席まで伝わってくる。
立体モデルが画面に表示される。それから、カメラ映像。ステーションと相対速度をあわせているので、画面はほとんど動かない。
さすがに、ホログラムパネルでは操作しきれないので、物理コントローラを起動する。グローブ型の、無骨なコントローラ。10指を同時につかわねばならない。
3D表示の画面のなかでマニピュレーターが動くと、振動が指先につたわってくる。それを確認しながら、船外カメラの映像も、同時に見る。
苦手な感覚だ。まあ、やるしかない。
画面のはじに、船のモーメントへの影響値が表示されている。
コンピュータの補助が欲しいな、と思う。残念ながら、その機能はない。リアルタイムの細かい操作は、機械の手にあまるらしい。そのかわり、船体への反動は、ある程度、自動で舵をきって吸収してくれる。
「ハッチ、開ける」
記録のため、そうつぶやく。
オートバランサーの数値を横目で見る。腕を振るだけであれば問題ないが、思い切りぶつけても大丈夫、というわけではない。だから、難しい。
かるく、叩く。
反動でバランサーが動作する。
もう一度。
バランサーの閾値を超えそうになり、警告音。