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異世界八景  作者: 楠羽毛
砂漠の世界
14/206

プール

 客用の食堂は、寝室とはうってかわって、豪奢に飾られていた。

 広さは、地球にある朱里の家のリビングの倍くらい。天井はとても高い。石壁のそこかしこに、うつくしく刻まれた、透き通った原色の石が埋め込まれている。天井には、いくつか突起物があり、それを結ぶように、こまかく細工された白いチェーンのようなものがゆるく吊られている。

 テーブルは、寝台と同じく大きな直方体。しかしよく見ると、下半分は網状になっていて、中に空間があるのがわかる。素材は白い石。マーブルのように見えるが、本物だろうか。 

「……お口に合いますかどうか。」

 ここまで案内してくれた召使いが、そのまま給仕をする。首もとに、飾り板のついた銀色の鎖。この屋敷の使用人は、みな同じものをつけている。制服のようなものか。

 陶器の盆にのって出てきたのは、果物が3つ、ソースポットのようなものに入った水、アロエのような分厚い葉物野菜がぶつ切りで。調理という概念はないらしい。

 これは、特別に用意されたものだ。風の民も、果物を食わないことはないが、常食はしない。基本的に、水分は体に悪いということらしい。

「……いただきます」

 手をあわせて、小さな声でつぶやく。

 うす紫のりんごのような果物を、皮ごとかじる。砂はきれいに払われているが、水洗いはされていないらしく、こまかな汚れが指についてくる。

 それでも、口のなかではじける、みずみずしい勢いはかわらない。

(ようやく、人心地ついたかな、)

 食事をしながら、おもう。

 はじめて、この砂漠の世界に来たときは、死ぬかと思ったけど。



 食事のあと、トイレへ。

 トイレといっても、中庭の一部を、布をかけた網で囲って、穴を掘っただけである。用をたした後は、自分で砂をかけて埋める。紙はないので、手でふいて砂でぬぐうしかない。

 風の民は、人間のようには排泄しない。はじめて聞いたときは、仰天した。全身から、汗と排泄物の混じったようなようなものが少しずつ流れ出すので、砂浴びしてそれを落とすらしい。

 いちおう、肛門はある。まったく機能しないということもなく、体調の悪いときなど、便が出ることもあるらしい。年に一度ほどのことだが。

 朱里はそういうわけにいかないので、用意させた。顔から火が出るかと思ったが。



「プールに行ってもいい?」

 中庭から出て、待っていた召使いに、そう声をかける。

「用意ができております。」

 丁寧な口調で、こたえる。

 プールといっても、もともと泳ぐためのものではない。屋内につくられた観賞用の池である。

 外の小川と同じように、岩とセメントで固めてあり、周囲は石床。小学校のプールくらいの大きさはあるが、見た目のイメージとしては、温泉地の大浴場に近い。

 だからというわけではないが、水も冷たくはない。ありていにいえば、ぬるま湯である。沸かしている様子はない。水路を通ってくる間に、自然と温まってしまうらしい。

 それでも、外の熱気にくらべたら、天国である。

 朱里は、しゅるりと帯をはずして裸になった。水着の用意はない。部屋の隅で召使いが見ているが、慣れるとあまり気にならない。むこうも全裸である。

 肩まで、つかる。

 わずかの間にすっかり日焼けした肌に、ぬるい水が刺さる。

「あー、極楽極楽。」

 おもわず、つぶやく。肩のところで宙に浮いているカセイジンが、けげんな顔をする。

「なんなの、それ」

「ブッキョー知らない?」

「さあ……。」

 カセイジンの脳内には、旧時代の宗教の知識はないらしい。

「まー地獄よね、昨日までの環境は」

「はぁ」

「はぁじゃねーわよ」

 朱里はぎっと目をむいて、

「あんたたちの責任でしょうが。ひとを、砂漠のど真ん中にワープさせるなんて……」

「ぼくが選んでるわけじゃないよ。……地球までのルートは、デイジーがちゃんと、生存可能な世界だけを通って設定したはずだよ。実際……」

「生存可能ぉ?」

 ただでさえ鋭い目をさらに険しくして、ぎろりと睨む。カセイジンはあわててそっぽをむいた。

「……実際、生きてるじゃないか」

「結果論でしょうが。誰も通りかからなかったら、半日で死んでたわ」

「王宮で支給したスーツに温度調整機能が……」

「首から上丸出しだし、水がないんじゃどっちみち死ぬでしょーが!」

 叫ぶ。召使いたちがびくんと尻尾をふるわせる。

 ちょっと気まずくなって、耳まで水につかる。

 カセイジンの姿は、自分にしか見えない。もちろん、声も聞こえないはずだ。

 ささやき声にかえて、

「……はー、この調子であと何回ワープすんの?」

「予定では、あと7回かな」

「うええ」

 水面に目を伏せて、そう、うめく。先は長い。

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