幼なじみ
「フグス、」
後ろから、声をかける。
斜面に、骨をよけるようにして座っているフグスに、である。
月あかりを背にして、顔を伏せるようにしている。まぶしいのかもしれない。かれらの目は、探査音の狙いをつけるのが主な役割ではあるが、かすかに光も感じるようになっている。
その、かすかな光でさえ、まぶしすぎるのだ。
「……ハギア!?」
さけぶ。と同時に、探査音が二度。
そのあと、フグスがふりむく。目のうえに手をかざしながら。
「外にでても、大丈夫なの?」
「夜なら。慣らしたから」
自分もそうすればよかったのか、とハギアはおもう。もっとも、後悔はしていない。
となりに座る。髪がフグスの肩にふれる。びくん、と肩が動くのがわかる。前にも似たようなことがあった。フグスは、肌の感覚がするどいのだ。
「……あんた、変わらないよね」
「きみは、変わった」
感情のみえない、ぼそぼそした喋りかた。
「そう、ね」
それはそう。
それは、そうだ。
「ねえ、……あなた、ほんとうは何しにここへ来たの?」
フグスは答えない。ただ、まぶしそうに目を伏せている。
「……わたしをおっかけて来たわけじゃないなら。何か、役目があるんでしょう。わたし、こんなに体が大きくなったの。大人の秘密だって、聞かせてもらっていいと思うんだけど」
かさねて、言うと。
フグスは、ゆっくりと口を開いて、いった。
「……物見だよ」
「ものみ?」
「偵察だ。ここで何が起きるか、見届けて、すぐに知らせに走る──、」
「なにが起きるっていうの?」
「見ていれば、わかる」
それだけ言って、──しばらくしてから、つけ加えた。
「……ほんとうは、だれも、知らないんだ。だって、前のときに生きていた人なんて、今はだれもいないんだから。ただ、どうすればいいかは知っている──、」
「いいよ!」
ぼそぼそと続く言葉を、ハギアは途中でさえぎった。
「わたしが、見る。それで、いいんでしょ」
「それは……、」
「わたしは、昼でも動ける。あなたとは違う」
それから、また、しばしの沈黙があって、フグスは、
「……ありがとう。」
と、言った。
「そうだ、これ!」
ハギアは、帯にさしこんでおいた小さな箱をとった。帯がゆるんだのを、あわててしめなおす。それから、フグスの掌に、ぎゅっとおしつけて渡す。
「……これは?」
「朱里にもらったの。でも、わたしはいらないから」
「何なんだ」
「体をつくりかえる薬」
フグスの肩が、もう一度びくんと震えた。
小さく、浅く、息をついて、それから、こちらに体をむける。
探査音。
手をのばして、そっと、ハギアの両肩に触れる。
両手の指で、丁寧に、かたちを刻み付けるように。肩幅、腕、それから顔。
フグスは、耳よりも手先の感覚がするどいタイプだ。こうして、確かめているのだ。探査音だけではわからない、ハギアの姿を。
不快ではなかった。
「……あいつは、なぜ、それを、お前に?」
「よく、わかんない。……地下に戻って、もう一度この薬を使えば、地下に再適応して、元の体に戻れるかもとか……」
「それじゃ、おれがもらっても仕方ない」
「でも、わたしはいらないから」
ハギアは、立ち上がった。ぐっと目を見開いて、遠くを見る。ここは高台なので、水平線がきれいに見える。
月と星に照らされて、ちゃぷちゃぷ動く海が。
「遠くへ、行ってみたいの。ドレスよりも、地下よりも、この島よりも、ずっと遠くへ。だから、地下には帰らない」
「……そうか」
フグスは、低い声でいった。
「きみは、変わらないな」
「そうでしょう」
かぶせるように、ハギアがそういって、
それから、ふたりは、身を寄せ合って、朝まで喋り続けた。