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異世界八景  作者: 楠羽毛
海の世界
129/206

星よりも

「べつに、神話なんてそれほど気にしてたわけじゃないけど」

 翌朝になって、また、ハギアは朱里といっしょに、森の中を歩いていた。

 きょうは、ハギアの髪は緩んでいる。ふわふわとわずかに伸縮を繰り返しながら、ときおり木の幹にふれて、そのたびにきゅっととぐろを巻くように跳ねる。

「英雄、だと思ってたんだよね。ご先祖様のこと」

「うん」

「蟻の群れをさァ、ばったばったとやっつけて、かわいそうな人間たちを救い出して……。それから、みんな幸せに暮らしたんだって」

「……うん」

「外に出たら、その人たちに会えるかと思ってた」

「うん……、」

 朱里は、通りしなに、幹を覆う葉っぱをつまんで、地に落とした。あいかわらず、ハギアはどんどん進んでいく。ここまでの道はなんとなく覚えているが、この先は始めてだ。せめて、目印がほしい。

 もっとも、荷物はぜんぶ背負っているから、戻れなくてもそれほど困るわけではない。

 朱里は、杖をついている。昨夜、なかなか眠れなかったので、手なぐさみに作ったものだ。デイジーからもらったナイフは、木がバターのように切れる。生木から雑に切り出したので、いびつな形になってしまったが。

「ねえ、朱里!」

「なあに?」

 話しかけながらも、ハギアは足を緩めない。こちらを見もしない。

「……あなたは、どこから来たの?」

「うーん、遠く」

「どのくらい遠く?」

「空の向こうより」

「なにそれ!」

「だって、そうなんだから」

「空って、あれでしょ? 向こうなんて、あるの?」

 枝のない木々のあいだ、晴れ渡った青空。

 ハギアにはどう見えているのか、朱里には想像がつかなかった。

「ねえ、朱里」

「なあに?」

「空の向こうには、何があるの?」

「さあ。……星、かな?」

「なあに、それ!」

 からからと、笑い声。

 翻訳機を通した声である。

 ハギアがいまどんな顔をしているのか、朱里には見えない。

「星っていうのは……、」

「ねえ、朱里」

「なに?」

「わたしは、……どこまで、行ける?」

 ふたりは、すこし沈黙した。

 ハギアは足を止めなかった。朱里も、無理に追いつこうとはしなかった。

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