星よりも
「べつに、神話なんてそれほど気にしてたわけじゃないけど」
翌朝になって、また、ハギアは朱里といっしょに、森の中を歩いていた。
きょうは、ハギアの髪は緩んでいる。ふわふわとわずかに伸縮を繰り返しながら、ときおり木の幹にふれて、そのたびにきゅっととぐろを巻くように跳ねる。
「英雄、だと思ってたんだよね。ご先祖様のこと」
「うん」
「蟻の群れをさァ、ばったばったとやっつけて、かわいそうな人間たちを救い出して……。それから、みんな幸せに暮らしたんだって」
「……うん」
「外に出たら、その人たちに会えるかと思ってた」
「うん……、」
朱里は、通りしなに、幹を覆う葉っぱをつまんで、地に落とした。あいかわらず、ハギアはどんどん進んでいく。ここまでの道はなんとなく覚えているが、この先は始めてだ。せめて、目印がほしい。
もっとも、荷物はぜんぶ背負っているから、戻れなくてもそれほど困るわけではない。
朱里は、杖をついている。昨夜、なかなか眠れなかったので、手なぐさみに作ったものだ。デイジーからもらったナイフは、木がバターのように切れる。生木から雑に切り出したので、いびつな形になってしまったが。
「ねえ、朱里!」
「なあに?」
話しかけながらも、ハギアは足を緩めない。こちらを見もしない。
「……あなたは、どこから来たの?」
「うーん、遠く」
「どのくらい遠く?」
「空の向こうより」
「なにそれ!」
「だって、そうなんだから」
「空って、あれでしょ? 向こうなんて、あるの?」
枝のない木々のあいだ、晴れ渡った青空。
ハギアにはどう見えているのか、朱里には想像がつかなかった。
「ねえ、朱里」
「なあに?」
「空の向こうには、何があるの?」
「さあ。……星、かな?」
「なあに、それ!」
からからと、笑い声。
翻訳機を通した声である。
ハギアがいまどんな顔をしているのか、朱里には見えない。
「星っていうのは……、」
「ねえ、朱里」
「なに?」
「わたしは、……どこまで、行ける?」
ふたりは、すこし沈黙した。
ハギアは足を止めなかった。朱里も、無理に追いつこうとはしなかった。




