昔話
日は、すぐに暮れた。
ボンヤリと、赤い夕陽がにじんで消えるのと同時に、遠吠えのような探査音が二度、穴のなかから響いて。
それから、のそのそと、フグスが出てきた。
夜とはいえ、昼間の洞窟のなかよりは、なんとか見通せる。フグスは、ずいぶんと痩せていて、小さかった。朱里より、たぶん頭ひとつ分くらい背が低い。短髪で、どことなく角ばった顎。耳はとがっていて長く、銀髪。手足は太く、目のあるはずのところには、適応薬を飲むまえのハギアとおなじく、白い、脂肪のかたまりのような丸いものが。
「……きみは、」
フグスは、ぼそぼそと低い声で、朱里のほうをむいて言った。
「私は、」
「朱里! わたしを助けてくれたの。言ってあったじゃない」
「そうじゃない。きみは……」
すこし、間をおいてから、フグスはゆっくりと、
「きみは、……どこから来たんだ? ほかの島から?」
「ほかの、島……、」
どう説明したものか、ためらっているうちに、ハギアが朱里をおしのけるようにして叫んだ。
「ほかの島があるの? フグス、あんた……」
「神話は知ってるだろ。ぼくたちがどこから来たか──」
「そんなの、昔話でしょ! ほんとうに、ほかの島があるの?」
「それは……、」
ながい、ながい沈黙があった。
ハギアはじりじりと髪をいじりながら震えていた。朱里がハギアの左手にそっと触れると、強く握り返してきた。
「……ある、と聞いてる。」
「聞いてるだけ?」
「そうだ。……祭りが何か月に一度か、知ってるか?」
こんどは、ハギアが黙る番だった。十秒ほどしてから、ハギアは、「知らない。」と小さくいった。
「350か月と半だ。それだけ経つと、炉が動きだす。そうしたら、少しずつ燃料を入れていくんだ。だから……」
「それが何だっていうの?」
「350か月だぞ? 誰も生きちゃいない」
「それで……、」
「祭りの次第も、そのあとのことも、聞いて知ってるだけなんだ。おれだけじゃなく、ほかの大人も、年寄りも」
「……あんたがここにいるのも、まつりの一部なの?」
フグスは何かいいかけて、また黙った。それから、
「……そうだ。」
と、小さく、はっきりといった。
「わたしを連れ戻しに来たっていうのは、嘘だったの?」
「それは、……きみはまだ子供だから」
「やめて!」
叫び声。それきり、ふたりは黙ってしまった。
気まずい沈黙が、1分ほども続いて……、
「……あの、良かったら教えて欲しいんだけど」
朱里が、おずおずと口を開いた。
「ここ、何なの? その、……いろいろ、散らばってるし……どういう場所なの?」
「これは……、」
足元に散らばっている……ほんとうに、ただの石ころか何かのように、無造作に散らばっている、古い骨のかけら。
ただの、家畜の骨かなにか……、だと、思いたかった。
「これは、……」
フグスは、低い声になって。
ためらいながら、言った。
「……この島の、先住民だよ。ぼくらの先祖が、絶滅させた」
*
ハギアは、ほんとうなの、と一度だけきいた。
フグスがうなずくと、それきり黙ってしまった。




