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異世界八景  作者: 楠羽毛
海の世界
128/206

昔話

 日は、すぐに暮れた。

 ボンヤリと、赤い夕陽がにじんで消えるのと同時に、遠吠えのような探査音が二度、穴のなかから響いて。

 それから、のそのそと、フグスが出てきた。

 夜とはいえ、昼間の洞窟のなかよりは、なんとか見通せる。フグスは、ずいぶんと痩せていて、小さかった。朱里より、たぶん頭ひとつ分くらい背が低い。短髪で、どことなく角ばった顎。耳はとがっていて長く、銀髪。手足は太く、目のあるはずのところには、適応薬を飲むまえのハギアとおなじく、白い、脂肪のかたまりのような丸いものが。

「……きみは、」

 フグスは、ぼそぼそと低い声で、朱里のほうをむいて言った。

「私は、」

「朱里! わたしを助けてくれたの。言ってあったじゃない」

「そうじゃない。きみは……」

 すこし、間をおいてから、フグスはゆっくりと、

「きみは、……どこから来たんだ? ほかの島から?」

「ほかの、島……、」

 どう説明したものか、ためらっているうちに、ハギアが朱里をおしのけるようにして叫んだ。

「ほかの島があるの? フグス、あんた……」

「神話は知ってるだろ。ぼくたちがどこから来たか──」

「そんなの、昔話でしょ! ほんとうに、ほかの島があるの?」

「それは……、」

 ながい、ながい沈黙があった。

 ハギアはじりじりと髪をいじりながら震えていた。朱里がハギアの左手にそっと触れると、強く握り返してきた。

「……ある、と聞いてる。」

「聞いてるだけ?」

「そうだ。……祭りが何か月に一度か、知ってるか?」

 こんどは、ハギアが黙る番だった。十秒ほどしてから、ハギアは、「知らない。」と小さくいった。

「350か月と半だ。それだけ経つと、炉が動きだす。そうしたら、少しずつ燃料を入れていくんだ。だから……」

「それが何だっていうの?」

「350か月だぞ? 誰も生きちゃいない」

「それで……、」

「祭りの次第も、そのあとのことも、聞いて知ってるだけなんだ。おれだけじゃなく、ほかの大人も、年寄りも」

「……あんたがここにいるのも、まつりの一部なの?」

 フグスは何かいいかけて、また黙った。それから、

「……そうだ。」

 と、小さく、はっきりといった。

「わたしを連れ戻しに来たっていうのは、嘘だったの?」

「それは、……きみはまだ子供だから」

「やめて!」

 叫び声。それきり、ふたりは黙ってしまった。

 気まずい沈黙が、1分ほども続いて……、

「……あの、良かったら教えて欲しいんだけど」

 朱里が、おずおずと口を開いた。

「ここ、何なの? その、……いろいろ、散らばってるし……どういう場所なの?」

「これは……、」

 足元に散らばっている……ほんとうに、ただの石ころか何かのように、無造作に散らばっている、古い骨のかけら。

 ただの、家畜の骨かなにか……、だと、思いたかった。

「これは、……」

 フグスは、低い声になって。

 ためらいながら、言った。

「……この島の、先住民だよ。ぼくらの先祖が、絶滅させた」



 ハギアは、ほんとうなの、と一度だけきいた。

 フグスがうなずくと、それきり黙ってしまった。

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