潜む男
「……どうして、」
ぼそりと、それは、言った。
小柄な、人間のように見えた。ハギアと、同じ種族ではないかと思う。朱里の目では、洞窟が暗すぎてよくわからない。
ハギアは、ためらうことなく、両手をついてすいすいと入っていく。すぐに、姿が見えなくなる。
きみは、とそれが言った。
「ドレスの、ハギア」
ハギアの声がした。上ずった声。翻訳機を通して、そのように聞こえた。
それから、沈黙。ぼそぼそと会話。エコー音が数度。また沈黙。聞き取れない会話。それから、
ハッキリした声。
「……紹介したい人がいるの。来て」
*
フグスは、外には出られないらしかった。
立ち上がれない高さの横穴のなかで、しゃがんで向かい合う。むこうがどんな姿勢でいるのかは、わからない。ハギアは朱里より背が高いはずだが、別に窮屈そうな様子もなく、半ば寝そべるようにしてすぐ隣にいる。
暗すぎて、すぐ近くにいても姿はよく見えない。右手にハギアの髪が触れている。フグスとは少し距離があって、どんな姿勢をしているかも、わからない。
「……ぼくは、ハギアを連れ戻すために、来た」
ぼそぼそと、声変りをしたばかりの少年のような声。
「この穴の奥は、ぼくたちの街につながっていて……、ここから、帰れる」
「どうして?」
高い、あまり感情のこもらない声で、ハギア。
「どうしてって──、」
「この穴、なんで開いてるの?」
「え、……」
とまどうような沈黙。それから、
「昔から、……」
「なんで、それ──」
ハギアはいったん言葉を切った。ぴんと張った髪の先が、とげのように朱里の太腿に当たって、ざわざわと動く。
「……大人は、こっちの世界のことを知ってたってこと?」
「いや、──来たのは、はじめてだよ。ほかの大人も……、」
「そう、」
「それより──、」
するどいエコー音。二度、三度と。
「きみは、……ほんとうに、ハギアなのか?」
そう、言われて。
ハギアが、曖昧に笑ったのが見えた、
ような気がした。




