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異世界八景  作者: 楠羽毛
海の世界
122/206

角の音

 森を、ふたりで歩く。

 苔をふんで。靴は一足しかないので、ハギアは裸足である。べつに、気にした様子もない。そもそも、靴を履く習慣はないようだ。

 蛇。

 毛皮のある蛇が、ちらりとこちらをむいて、向きをかえる。用心深そうに、するすると木のあいだをぬけていく──、

 ハギアが、跳んだ。

 ひととびに、はねるように宙をすべって、距離を詰める。次の瞬間には、右足の踵で、蛇の首すじを踏みつけている。

「……すごーい」

 朱里が感嘆の声をあげると、ハギアは足の指でつまんだ蛇をぐいと朱里の前につきつけて、「すごいでしょ」と高い声で。

 蛇は、毛皮のなかにしまっていた細い脚をじたばたと動かして、のがれようとしている。蛇というよりは、とかげの一種かもしれない。

「どうするの、それ?」

「知らない。……食べる?」

「やーだ」

「そうね。……生じゃ、ねえ」

 いいながら、ハギアは朱里が腰にくくりつけたナイフを見ている。冗談ではないらしい。

「……火種、ないの?」

「ないよ」

「なあんだ」

 ハギアは乱暴に蛇を放り捨てた。がさがさ、と急いで逃げていく。


 それから、また、しばらく歩く。


 なんとなく見覚えのある木を目印に、なるべく、まっすぐ。その気になればすぐ戻れるようにも思うし、とっくに迷っているような気もする。

 ハギアは何も気にしていないようだ。すたすたと、大股に。

 ゆきさきは決まっている、とはいえ──、

「あ、」

 穴である。

 朱里はそばに立って、じっとのぞき込んだ。なにも見えない。暗すぎる。

 いつのまにか、ハギアが横に立っている。口をつぐんで、それから姿勢を低くして、穴に顔をつけるようにして、──


 高音! リズムよく、二回、三回。


 遠吠えのような。喉は動いていない。口で発声しているわけではないようだ。

 朱里は、おもわず耳をおさえた。それから、ハギアの顔をみる。

 角がふるえている。音は、そこからか。

 ハギアはすっと立ち上がった。

「──行こうか」

 歩き出す。朱里は、あわてて後ろをついていく。

 表情は、よく見えなかった。


 そのまま、二人はまた歩いた。

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