角の音
森を、ふたりで歩く。
苔をふんで。靴は一足しかないので、ハギアは裸足である。べつに、気にした様子もない。そもそも、靴を履く習慣はないようだ。
蛇。
毛皮のある蛇が、ちらりとこちらをむいて、向きをかえる。用心深そうに、するすると木のあいだをぬけていく──、
ハギアが、跳んだ。
ひととびに、はねるように宙をすべって、距離を詰める。次の瞬間には、右足の踵で、蛇の首すじを踏みつけている。
「……すごーい」
朱里が感嘆の声をあげると、ハギアは足の指でつまんだ蛇をぐいと朱里の前につきつけて、「すごいでしょ」と高い声で。
蛇は、毛皮のなかにしまっていた細い脚をじたばたと動かして、のがれようとしている。蛇というよりは、とかげの一種かもしれない。
「どうするの、それ?」
「知らない。……食べる?」
「やーだ」
「そうね。……生じゃ、ねえ」
いいながら、ハギアは朱里が腰にくくりつけたナイフを見ている。冗談ではないらしい。
「……火種、ないの?」
「ないよ」
「なあんだ」
ハギアは乱暴に蛇を放り捨てた。がさがさ、と急いで逃げていく。
それから、また、しばらく歩く。
なんとなく見覚えのある木を目印に、なるべく、まっすぐ。その気になればすぐ戻れるようにも思うし、とっくに迷っているような気もする。
ハギアは何も気にしていないようだ。すたすたと、大股に。
ゆきさきは決まっている、とはいえ──、
「あ、」
穴である。
朱里はそばに立って、じっとのぞき込んだ。なにも見えない。暗すぎる。
いつのまにか、ハギアが横に立っている。口をつぐんで、それから姿勢を低くして、穴に顔をつけるようにして、──
高音! リズムよく、二回、三回。
遠吠えのような。喉は動いていない。口で発声しているわけではないようだ。
朱里は、おもわず耳をおさえた。それから、ハギアの顔をみる。
角がふるえている。音は、そこからか。
ハギアはすっと立ち上がった。
「──行こうか」
歩き出す。朱里は、あわてて後ろをついていく。
表情は、よく見えなかった。
そのまま、二人はまた歩いた。




