表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界八景  作者: 楠羽毛
デイジーの世界
12/206

デイジー

 朱里は、こんな夢をみた。


 寒空、かすかに、雪が降っている。

 少年が、路上に倒れ伏している。

 肩口に、傷。ぼたぼたと、暗い色の血。

 痛みは、あまりない。

 死ぬのか。

 そんな思いが、頭をよぎる。

 最後の力をふりしぼって、かよわい声をだす。

 父さん、でも、妹、でもなく。

「デイジー、……」

 と。

 いらえはない。

 やはり、自分は死ぬしかないのだ。そう、思う。

 肩の傷が、どの程度なのか、よくわからない。

 出血はひどいが、思ったより痛みはない。

 足が痛むが、これはひねったか何かで、怪我をしたわけではない。

 しかし、生きられる気はしなかった。

 それから、動けずに、長い時間、伏していた。

 視界がかすみはじめたころ、ようやく、

『お呼びですか、王子』

 無機質な声が、耳にはいる。

 ほんの少しだけ、顔をあげる。黒いハイヒールをはいた足。クロヒナギク。

「デイジー、……ここは。」

 ぼんやりした頭をけんめいに動かして、そう問う。

『生産エリア1023の東北、王城のほぼ反対側です』

(工場地帯か……、)

 そんな気はしていた。一度も来たことはないが、人間の気配がなく、窓のない建物がたちならぶ風景から、だいたい予想はついた。

『診察をいたします、王子』

 クロヒナギクはひざまづいて、王子の肩に触れた。ヴェールのむこうに、無機質なうつくしい顔。もちろん、王族の瞳とはちがう。今はそれが無性にうれしかった。

 すこし、元気がわいてきた。しゃがみこむようにして上体をおこす。衣服をめくって、クロヒナギクのつめたい指が傷口近くをさぐる。

『治療が必要です。医療施設まで移送します』

「……待ってくれ、デイジー」

 王子の目に、ふっと生気がやどった。

 くろい、つよい思いをこめた決断が、ひとみの奥に。

「工場地帯から出たくない。人目につきたくないんだ」

 なぜです、とはデイジーは問わない。それは、彼女の仕事ではないからだ。

『それでは、必要なものを運ばせます。二軒となりの倉庫に、暖房がきくスペースがありますから、そこを使いましょう』

「ありがとう、デイジー」

 ふつう、王族はデイジーに礼などいわない。

 けれども、今は特別だ。もちろん、クロヒナギクは表情をかえたりはしない。

「もうひとつ、」

『なんでしょう、王子』

「ぼくの居場所は、絶対に、誰にも知られないように。王族にも」

『いつまでですか?』

「ぼくがいいと言うまでだ。ずっと、永久にかもしれない」

 王は、あるいは妹は、当然、デイジーに命じて自分を探させるだろう。

 デイジーは王族の命令に従うが、命令が矛盾した場合にどちらを優先するかは、デイジー自身が判断する。

『かしこまりました』

 特に間をおくこともなく、クロヒナギクはそう答えた。

「王族から、ぼくを探すよう命令があった場合は、ぼくに知らせるように。」

『かしこまりました』

 よどみない返答。

 王や王女から命令されたとしても、自分の命令を優先する、ということだ。

 デイジーがそう判断した理由は、わからない。

「……ありがとう、デイジー」

 もういちど、王子はそういった。

 いまや、唯一の味方となった、母なる機械生命体に。


 ただの、夢の話である。

 それだけ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ