自在に動く髪
適応薬は、よく効いたようだった。
白い短髪が、床まで広がるようなあざやかな黒髪に。耳は朱里と同じかたちに、すらりと背が高くなり、やけに太かった脚は細く、手は小さくなって、全身に均整のとれた筋肉が。額にはちいさな白い角状の器官。肌は、わずかに緑がかって、細かいうろこのような模様が。
目は、黒いひとみのある、ちょっと大きめの、ふつうの眼球に。
まぶたと、まつげもできて、顔つきはまるで地球人。
ぞわりと、髪が動いた。
「……ねえ、」
朱里は、女の顔と、そのうしろに浮かぶカセイジンを交互に見ながら、もう一度手を振った。見えているのだろうか。それから、地面に広がった女の髪に目をおとす。蛇のように、ぞわぞわと波打って、かまくびをもたげて──、
──轟音!
高い、高い音。朱里の耳を突き刺すように、どんどん高くなって、聞こえなくなっていく。
いつのまにか、女は立ち上がっていた。二本の足で、すらりと、まっすぐに。
口は閉じている。目はぱっちりと見開いて、空を見上げて。
あの音は、どこから出しているのか──、
「ねえ、」
女は、ぱちぱちと目をしばたかせて、いった。
「ここは、……外、なの?」
「え?」
朱里は、あわてて立ち上がって女と目をあわせた。微笑んでいるような、曖昧な顔つきをして、こちらを見ている。いや、見ているのだろう、多分。
「あなたは……、」
女は、朱里のほうをじっと見て、いった。
「外の世界の人、なの?」
「え、……」
朱里は、カセイジンと目を見合わせた。
翻訳機で言葉が通じるとはいえ、その意図まではわからない。並行世界の概念があるのか。それとも……、
ともかく、曖昧に頷いておく。
「わたしは……、」
くるりと、あたりを見回すようにしてから、
「わたしは、ハギア。ドレス生まれの。あなたは……」
翻訳機をとおした声は、ひどく落ち着いてきこえる。
「……朱里。こっちは、──」
いいかけて、カセイジンは他人には見えないことに気づく。
「なんでもない。あの……、体は、だいじょうぶ?」
「からだ……、」
女は自分の胸を見下ろすようなしぐさをする。同時に、髪先がぞわりと持ち上がり、胴をつつく。
「……だいじょうぶ、みたい」
「そう……、」
治療薬ではなく、適応薬。
それも、不可逆の。
ほんとうに大丈夫なのか。いや、なにが大丈夫なのか。
ともかく。
「よろしくね、」
と、いって、小さく愛想笑い。




