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異世界八景  作者: 楠羽毛
海の世界
114/206

古くからの儀式

 さて──、

 数日前のこと。


 ハギアは、友人のヘダンとふたりで、まつりを眺めていた。

 ふたりはおなじ月齢だが、育ちはちがう。ハギアは、南の街ドレスの、貝ひろいの女である。幼いころから海に通い、貝のナイフを腰につけて育った。ヘダンは村で、調理や着物づくりをして、外にでるものを待つ立場だ。

 ふたりとも、次の月で二歳。まだ成人でないので、まつりには参加できない。

 炉室は巨大な円形である。端から端まで、およそ530歩。その中心に、やはり巨大な『炉』があり、大きく開いた口から、結晶化した木を、大人たちが次々に投げ込んでいく。

 ふたりは、壁面にあいた横穴通路のはしに腰かけて、それを見ている。いや、見ているというのは言葉のあやだ。炉は明るく輝いているが、ふたりの視力では、ここから地上までは見通せない。耳できくのだ。

 もっとも、ヘダンはハギアほど耳がよくない。炉の形はわかっても、大人たちが下で何をしているのか、この距離ではよくわからないはずだ。

 それでも、二人はならんで、まつりを見物している。

 この儀式にどういう意味があるのか、ふたりは知らない。もしかすると、誰も知らないのかもしれない。親の親の、そのまた親だって、やったことがない儀式だ。


 ──いぃっ、


 と、ハギアは目からするどい探査音をはなった。ぶん殴るような強い音。炉の下で働くたくさんの大人たちの手の動き、顔の向きまでわかるような。

「すごいね、ハギア」

 ヘダンがひゅうと喉をならす。ヘダンには、こんな音はだせないし、出せても、これだけ遠くのものはボンヤリとしかわからない。耳も、目もちがうのだ。

「ほら、フグスがいるよ」

 ハギアが指さした先、だれかが動いているのが、なんとなくわかる程度だ。

 それでも、ちいさく肩を動かして、感嘆してみせる。フグスはふたりの知り合いだ。生まれ月がほんの少し早かっただけで、大人扱いされている。

 ハギアはもう一度、探査音をだした。こんどは、上にむけて。

 天井、である。

 炉の天井からは、いくつもの根が突き出している。木はほかの場所でもとれるが、炉室がいちばん大きいので、根の数も多い。

 この根を、炙るのである。

 大きな足場をくんで、松明でしばらく炙ると、少しずつ色が抜けて、透明な硬い結晶になる。根の一部が完全に結晶化すると、連鎖反応をおこして、木の全体が、半透明の、青白い結晶体になる。

 そうすると、木がスッポリ天井から抜けて、落ちてくるのだ。

 結晶化した木が、地面に対する支持力を失うのか、それとも天井そのものが熱を嫌って、穴を広げるように動くのか、わからない。

 とにかく、木は落ちてくる。太さはまちまちであるが、全てまっすぐの円柱状で、根とも幹ともつかない長い長い結晶体である。あとには、穴だけが残る。

 それを、炉に投げ込むのだ。

 どういう意味があるのか──、

「ねえ、」

 ハギアは、早口で言いかけた。短い髪を、くしゃくしゃとかきまわしながら。

「なあに?」

「わたし、……気になるの。あの、天井のさきは、きっと。」

「なに、天井のさきって」

「だから、さ……、」

 いらいらと、肩をゆらして、

「あの穴!」

「穴?」

「そのくらい、みえるでしょう!」

 大声でそういわれて、ヘダンはきょとんとした。

「そりゃあ──、でも、あれが……なに?」

「あの、穴のさき……天井の、むこう」

「天井に、むこうなんて、あるの?」

「知らない!」

 両手を、落ち着かなげに動かして。

 しまいに、太い指の、するどい爪先を、ぎりりと通路の床にさしこんでいく。

「もう……、」

 ヘダンがたしなめようとするさいさきをくじくように、がばと立ち上がる。

「……仕事、いってくる」

「今から?」

「いいの!」

 ぎゅっと腰帯をしめ直して、身をひるがえす。

 かろやかな、足音だけを残して。

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