古くからの儀式
さて──、
数日前のこと。
ハギアは、友人のヘダンとふたりで、まつりを眺めていた。
ふたりはおなじ月齢だが、育ちはちがう。ハギアは、南の街ドレスの、貝ひろいの女である。幼いころから海に通い、貝のナイフを腰につけて育った。ヘダンは村で、調理や着物づくりをして、外にでるものを待つ立場だ。
ふたりとも、次の月で二歳。まだ成人でないので、まつりには参加できない。
炉室は巨大な円形である。端から端まで、およそ530歩。その中心に、やはり巨大な『炉』があり、大きく開いた口から、結晶化した木を、大人たちが次々に投げ込んでいく。
ふたりは、壁面にあいた横穴通路のはしに腰かけて、それを見ている。いや、見ているというのは言葉のあやだ。炉は明るく輝いているが、ふたりの視力では、ここから地上までは見通せない。耳できくのだ。
もっとも、ヘダンはハギアほど耳がよくない。炉の形はわかっても、大人たちが下で何をしているのか、この距離ではよくわからないはずだ。
それでも、二人はならんで、まつりを見物している。
この儀式にどういう意味があるのか、ふたりは知らない。もしかすると、誰も知らないのかもしれない。親の親の、そのまた親だって、やったことがない儀式だ。
──いぃっ、
と、ハギアは目からするどい探査音をはなった。ぶん殴るような強い音。炉の下で働くたくさんの大人たちの手の動き、顔の向きまでわかるような。
「すごいね、ハギア」
ヘダンがひゅうと喉をならす。ヘダンには、こんな音はだせないし、出せても、これだけ遠くのものはボンヤリとしかわからない。耳も、目もちがうのだ。
「ほら、フグスがいるよ」
ハギアが指さした先、だれかが動いているのが、なんとなくわかる程度だ。
それでも、ちいさく肩を動かして、感嘆してみせる。フグスはふたりの知り合いだ。生まれ月がほんの少し早かっただけで、大人扱いされている。
ハギアはもう一度、探査音をだした。こんどは、上にむけて。
天井、である。
炉の天井からは、いくつもの根が突き出している。木はほかの場所でもとれるが、炉室がいちばん大きいので、根の数も多い。
この根を、炙るのである。
大きな足場をくんで、松明でしばらく炙ると、少しずつ色が抜けて、透明な硬い結晶になる。根の一部が完全に結晶化すると、連鎖反応をおこして、木の全体が、半透明の、青白い結晶体になる。
そうすると、木がスッポリ天井から抜けて、落ちてくるのだ。
結晶化した木が、地面に対する支持力を失うのか、それとも天井そのものが熱を嫌って、穴を広げるように動くのか、わからない。
とにかく、木は落ちてくる。太さはまちまちであるが、全てまっすぐの円柱状で、根とも幹ともつかない長い長い結晶体である。あとには、穴だけが残る。
それを、炉に投げ込むのだ。
どういう意味があるのか──、
「ねえ、」
ハギアは、早口で言いかけた。短い髪を、くしゃくしゃとかきまわしながら。
「なあに?」
「わたし、……気になるの。あの、天井のさきは、きっと。」
「なに、天井のさきって」
「だから、さ……、」
いらいらと、肩をゆらして、
「あの穴!」
「穴?」
「そのくらい、みえるでしょう!」
大声でそういわれて、ヘダンはきょとんとした。
「そりゃあ──、でも、あれが……なに?」
「あの、穴のさき……天井の、むこう」
「天井に、むこうなんて、あるの?」
「知らない!」
両手を、落ち着かなげに動かして。
しまいに、太い指の、するどい爪先を、ぎりりと通路の床にさしこんでいく。
「もう……、」
ヘダンがたしなめようとするさいさきをくじくように、がばと立ち上がる。
「……仕事、いってくる」
「今から?」
「いいの!」
ぎゅっと腰帯をしめ直して、身をひるがえす。
かろやかな、足音だけを残して。




