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異世界八景  作者: 楠羽毛
海の世界
112/206

サイレンのような吠え声

 もう一度、リュックから『テント』を取り出す。

 掌におさまるほどの、つるつるした、灰色の球体である。

 球体の表面、一か所だけへこんだところがある。指をさしいれて、押す。

 わずかに、大気がゆれる気配。そよ風、いや、もっとやさしい何かが、ふわっと広がるような。同時に、日差しが、わずかに柔らかくなる。

 手を離す。

 球体はそのまま浮いている。目に見えない支柱か、釣り紐でもあるのか。

 この球体の、周囲20メートルほどの範囲が、『テント』の中である。

 雨や強風は、この中に入って来ない。気温も調整される。横になれば、見えない『床』がふんわりと体を包む。外からは中の人間の姿は見えず、さらには侵入者を防ぐ機能もあるという。

 いたれりつくせりだ。

 さて、女は、そのまま地面に伏している。

 首筋がはげしく動き、苦しそうな呼吸音がひびいている。雪のように白い肌の

 まぶたのない、眼球のようなものが、ぴくぴくと。


 か、


 と小さな音が、テントのなかに響く。

 女の喉から。いや、

 喉は動いていない。そうではなく──、


 ──轟音!


 朱里は反射的に耳をおさえて後ずさった。高い声。いや、遠吠え。いや、もっと高い。頭がいたくなるような、強い音が、どんどん大きく──、

「やめて!」

 後ずさりながら、叫ぶ。止まらない。また、叫ぶ。

 叫び声をかき消すように、サイレンのような吠え声がさらに強くなり、さらに──、

 後ずさる。耳をふさぐ。それでも、声は止まらない。反射的に目をつむっていたことに気がつく。懸命に、瞼をあげる。

 すぐ目の前に、女の白い顔があった。

 青い血管が、鼻筋をつうっと浮かび上がらせて。まぶたのない目、いや、眼球にはとても見えない、白い肉のかたまりのようなものが、こちらを向いている。

 見て、いるのか。

 それから、気づく。女は、口をとじている。喉も動いていない。それでも、高い音は止まらない。これは、声ではないのか。

 後ずさる。

 右手を鞄のあるほうへ伸ばす。が、届かない。足が震えて。

 女が、指の長い、大きな手を伸ばして──、


 どう、と倒れた。


 声がやんだ。朱里は、しびれるように痛む耳をおさえて、膝をついた。うつぶせに倒れて動かなくなった女の白い短髪が、指にふれる。湿っている。汗か。

 女は、動かなくなった。

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