出立
「お父様、」
クラデは、ゆったりと大きな声でいった。
「ダグールのことは、ご存知ですわね」
「むろんだ。」
王はいつものにこやかな表情に、少しだけ唇をゆがませてこたえた。
「しかし、おまえには婚約者が、」
「お父様、これは最後のお願いです。」
この部屋には、黒機兵はいない。かわりに、クロヒナギクが4体。
クラデは意味ありげに目線を王の背後になげた。王がふりかえると、そこには、普段は王宮にいない人間の警備兵が8人。
「もしお認めくださらなければ、私は━━」
「まって!」
クロヒナギクをおしのけるようにして、朱里は部屋にとびこんだ。少しおくれて、ダグールがあとに続く。彼のときは、おしのけるまでもなく、クロヒナギクはうやうやしく道をあける。
「クラデ! ダグールは、あなたのきょうだい━━シロハ王子なの!」
*
「あら、」
クラデがきょとんと目を見開く。
「やっぱり、そうだったのね。運命のひと、」
「どういう……、」
「お兄様、もっとはやく言ってくださればよかったのに」
クラデは、しずしずと男にあゆみより、にっこりとほおえんだ。
ダグール、いやシロハ王子はわずかに顔を伏せるようにして、王にむかって、
「……7年前の事件の黒幕はわかっていないのでしょう。命の危険を感じたため、ずっと身を隠しておりましたが、まさか運命のいたずらで、このようなことになろうとは。」
と、いった。しずかな、おちついた声で。
王は、クラデよりもずっと衝撃をうけたようだった。くちびるをこわばらせて、黙っている。
朱里は王へむかって、
「きょうだいで、恋人なんて──」
とちいさくいった。王は、一度目をとじると、元気をとりもどした顔をして、
「喜ばしいことだ、」といった。
「なぜです、」
「どういう意味だね?」
「きょうだいでしょう、」
「王家の血を薄めぬため、近い血族で婚姻するのは当然のことではないか。」
朱里はクラデをじっとみた。「もしかして、許嫁というのは、」
「わたくしの叔父です」
「うぇぇ」
おもわず、そううめいて、朱里はふたりの顔をみた。
首をふる。頭をきりかえる。
カセイジンが、心配そうにこちらをみている。
(それなら、)
クラデ王女は、たのもしげにわらって、シロハ王子の目をみつめている。
シロハ王子も、もちろん、わらって見返して。
いや。
かれの目が、ほんの一瞬だけこちらをむいた。
それから、すぐ、王女のほうを。
くちもとは、大きくつりあがってわらっている。
不自然なほど、きれいな笑み。
緊張しているのだろうか? いや……
(この二人、そっくりだ。)
いつか思ったことを、もう一度、くりかえして思う。
だと、するなら。
「あ━━」
朱里が口をあけた瞬間、シロハがくるりとこちらをむいた。
目が。
まんまるい、月の輪のような目が、ぎいっと細くなって。
にらむのと、うすく笑うのと、その中間のように唇をまげて、
かれは、きっと警告したのだ。
愛してない、などと言うなよと。
朱里はもうはっきりと確信して、クラデにそのことを告げようとした。そのとたん、シロハはつかつかと歩みよってきて、かるく抱きしめるように朱里の背に手をあてた。
ちいさく、ささやくように、
「……ごめん、」といわれて、なにも言えなくなってしまった。
シロハは、そのまま朱里の肩をだくようにして、王と王女のほうへむきなおった。
「さあ、彼女をもとの世界へ、送り帰してやりましょう。これこそ、我らが宿願、地球奪還の第一歩でありましょう。」
大声で、背後にたつ黒機兵やクロヒナギクたちにもきかせるかのように。
「どういう意味?」
朱里がおもわずつぶやく。カセイジンはそっぽをむいている。
「おお、知っておったのか」鷹揚に、王がうなずく。
「地球のことは、彼女からききました。それから、デイジーにも。」
「宿願ってなに!?」朱里がわりこむ。クラデが、かわらずにこやかな笑みをかべたまま、「アカリ、あなたには話したはずね。私たちは、とおい昔に、地球とよばれる惑星から時空転移してきた。たぶん、あなたの知っている地球よりは、ずっとずっと未来の地球から━━」
「だから、なに!?」
「私たちはそれから、たくさんの星をおとずれて力をたくわえ、ふたたび地球にかえる日を待ち望んできた。けれど、もとの世界の座標は見つからなかった。さいしょの時空転移のころはまだ技術がともなわなかったし、偶然の重力孔にたよるしかなかったから、再現できなかったの。でも、あなたを時空錨にすれば、きっとみつけだせる」
「……きみの身体に残った転移の痕跡をたどって、地球への道をみつけるということさ」
カセイジンが、低い声で補足する。
「それじゃ……、わたしが、あなたたちを道案内するってこと?」
「結果的には、そう。一緒にいくわけではないけれど。」
「地球にきたら、どうするの?」
「奪還、といったでしょう。地球は、わたしたちのものだもの。支配するの」
クラデはそういうと、背後にひかえていたクロヒナギクになにごとかささやいた。
朱里の腕輪が白く光りだした。円形のひかりの渦が、平面上にひろがって、それからうすい壁になる。半透明の硝子のような。
「……冗談じゃない!」
「どうして? 立派な王になれると、あなたは言ってくれたでしょう。」
そして、王女は、くもりのない輪のような目をかがやかせて、わらった。
「それでは、ごきげんよう。わたしたちの、かがやかしい未来のために。」
*
どんどんと、透明な壁をたたく。むだとしりながら。
声は、少しはとどくようだ。絶叫したところで、戻してもらえるとも思えないが。
シロハが、近づいてくる。すこし悲しげな目をして、つんと唇をつぐんで。
子犬のような顔だと、朱里はおもった。
ふっと、朱里は、地球のことを忘れて、そっとシロハにといかけた。
「……なぜ?」
王子は、そっと壁に顔をちかづけて、わらった。
それから、小さな声で、
「あのとき、黒機兵がこなかったからさ」
と。
それから、透明な壁がきらめきを増して、すぐにシロハの顔は見えなくなった。
朱里は、平衡感覚を失って、虚空に倒れふした。
そうか、
かれは、シロハは、
あのとき、黒機兵でなく人間の兵がやってきた理由を、
その兵のもつ武器で、自分が撃たれた理由を、
ずっと考えつづけてきたのだ。
だから、かれの時間は、あのときから進んでいなかったのだ。
肩を傷つけた銃弾は、だれが撃たせたものか。
その銃弾は、ほんとうは、かれを殺すためのものではなかったか。
そのことだけを、きっと━━
暗転。




