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異世界八景  作者: 楠羽毛
デイジーの世界
11/206

出立

「お父様、」

 クラデは、ゆったりと大きな声でいった。

「ダグールのことは、ご存知ですわね」

「むろんだ。」

 王はいつものにこやかな表情に、少しだけ唇をゆがませてこたえた。

「しかし、おまえには婚約者が、」

「お父様、これは最後のお願いです。」

 この部屋には、黒機兵はいない。かわりに、クロヒナギクが4体。

 クラデは意味ありげに目線を王の背後になげた。王がふりかえると、そこには、普段は王宮にいない人間の警備兵が8人。

「もしお認めくださらなければ、私は━━」

「まって!」

 クロヒナギクをおしのけるようにして、朱里は部屋にとびこんだ。少しおくれて、ダグールがあとに続く。彼のときは、おしのけるまでもなく、クロヒナギクはうやうやしく道をあける。

「クラデ! ダグールは、あなたのきょうだい━━シロハ王子なの!」



「あら、」

 クラデがきょとんと目を見開く。

「やっぱり、そうだったのね。運命のひと、」

「どういう……、」

「お兄様、もっとはやく言ってくださればよかったのに」

 クラデは、しずしずと男にあゆみより、にっこりとほおえんだ。

 ダグール、いやシロハ王子はわずかに顔を伏せるようにして、王にむかって、

「……7年前の事件の黒幕はわかっていないのでしょう。命の危険を感じたため、ずっと身を隠しておりましたが、まさか運命のいたずらで、このようなことになろうとは。」

 と、いった。しずかな、おちついた声で。

 王は、クラデよりもずっと衝撃をうけたようだった。くちびるをこわばらせて、黙っている。

 朱里は王へむかって、

「きょうだいで、恋人なんて──」

 とちいさくいった。王は、一度目をとじると、元気をとりもどした顔をして、

「喜ばしいことだ、」といった。

「なぜです、」

「どういう意味だね?」

「きょうだいでしょう、」

「王家の血を薄めぬため、近い血族で婚姻するのは当然のことではないか。」

 朱里はクラデをじっとみた。「もしかして、許嫁というのは、」

「わたくしの叔父です」

「うぇぇ」

 おもわず、そううめいて、朱里はふたりの顔をみた。

 首をふる。頭をきりかえる。

 カセイジンが、心配そうにこちらをみている。


(それなら、)

 クラデ王女は、たのもしげにわらって、シロハ王子の目をみつめている。

 シロハ王子も、もちろん、わらって見返して。


 いや。


 かれの目が、ほんの一瞬だけこちらをむいた。

 それから、すぐ、王女のほうを。


 くちもとは、大きくつりあがってわらっている。

 不自然なほど、きれいな笑み。

 緊張しているのだろうか? いや……


(この二人、そっくりだ。)


 いつか思ったことを、もう一度、くりかえして思う。

 だと、するなら。

「あ━━」

 朱里が口をあけた瞬間、シロハがくるりとこちらをむいた。

 目が。


 まんまるい、月の輪のような目が、ぎいっと細くなって。

 にらむのと、うすく笑うのと、その中間のように唇をまげて、

 かれは、きっと警告したのだ。


 愛してない、などと言うなよと。


 朱里はもうはっきりと確信して、クラデにそのことを告げようとした。そのとたん、シロハはつかつかと歩みよってきて、かるく抱きしめるように朱里の背に手をあてた。

 ちいさく、ささやくように、

「……ごめん、」といわれて、なにも言えなくなってしまった。

 シロハは、そのまま朱里の肩をだくようにして、王と王女のほうへむきなおった。

「さあ、彼女をもとの世界へ、送り帰してやりましょう。これこそ、我らが宿願、地球奪還の第一歩でありましょう。」

 大声で、背後にたつ黒機兵やクロヒナギクたちにもきかせるかのように。

「どういう意味?」

 朱里がおもわずつぶやく。カセイジンはそっぽをむいている。

「おお、知っておったのか」鷹揚に、王がうなずく。

「地球のことは、彼女からききました。それから、デイジーにも。」

「宿願ってなに!?」朱里がわりこむ。クラデが、かわらずにこやかな笑みをかべたまま、「アカリ、あなたには話したはずね。私たちは、とおい昔に、地球とよばれる惑星から時空転移してきた。たぶん、あなたの知っている地球よりは、ずっとずっと未来の地球から━━」

「だから、なに!?」

「私たちはそれから、たくさんの星をおとずれて力をたくわえ、ふたたび地球にかえる日を待ち望んできた。けれど、もとの世界の座標は見つからなかった。さいしょの時空転移のころはまだ技術がともなわなかったし、偶然の重力孔にたよるしかなかったから、再現できなかったの。でも、あなたを時空錨アンカーにすれば、きっとみつけだせる」

「……きみの身体に残った転移の痕跡をたどって、地球への道をみつけるということさ」

 カセイジンが、低い声で補足する。

「それじゃ……、わたしが、あなたたちを道案内するってこと?」

「結果的には、そう。一緒にいくわけではないけれど。」

「地球にきたら、どうするの?」

「奪還、といったでしょう。地球は、わたしたちのものだもの。支配するの」

 クラデはそういうと、背後にひかえていたクロヒナギクになにごとかささやいた。

 朱里の腕輪が白く光りだした。円形のひかりの渦が、平面上にひろがって、それからうすい壁になる。半透明の硝子のような。

「……冗談じゃない!」

「どうして? 立派な王になれると、あなたは言ってくれたでしょう。」

 そして、王女は、くもりのない輪のような目をかがやかせて、わらった。

「それでは、ごきげんよう。わたしたちの、かがやかしい未来のために。」



 どんどんと、透明な壁をたたく。むだとしりながら。

 声は、少しはとどくようだ。絶叫したところで、戻してもらえるとも思えないが。

 シロハが、近づいてくる。すこし悲しげな目をして、つんと唇をつぐんで。


 子犬のような顔だと、朱里はおもった。


 ふっと、朱里は、地球のことを忘れて、そっとシロハにといかけた。

「……なぜ?」

 王子は、そっと壁に顔をちかづけて、わらった。

 それから、小さな声で、

「あのとき、黒機兵がこなかったからさ」

 と。


 それから、透明な壁がきらめきを増して、すぐにシロハの顔は見えなくなった。

 朱里は、平衡感覚を失って、虚空に倒れふした。


 そうか、



 かれは、シロハは、

 あのとき、黒機兵でなく人間の兵がやってきた理由を、

 その兵のもつ武器で、自分が撃たれた理由を、

 ずっと考えつづけてきたのだ。


 だから、かれの時間は、あのときから進んでいなかったのだ。


 肩を傷つけた銃弾は、だれが撃たせたものか。

 その銃弾は、ほんとうは、かれを殺すためのものではなかったか。


 そのことだけを、きっと━━



 暗転。

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