大穴
異世界八景 第百九話 大穴
すこし、日差しがやわらいできた。
時計がないので、時刻はわからない。日暮れまで、あと何時間あるのかも。カセイジンにきけば、もしかして教えてくれるかもしれないが。
まあ、どうでもよい。気になるのは日数くらいだ。
ポシェットにいくつかの道具をいれて、歩く。大鞄は、テントのなかに置いていく。カセイジンも置いていきたかったが、仕方ない。
波打ち際からほんの少し進むと、森。
いや、森といってよいのか。
枝のない、つるつるした丸太のような木々が、ばらばらと生えている。太さはまちまち。幹は緑の葉にびっしりと覆われていて、まるで服をきているよう。こんな木を、朱里は知らない。
足元には、苔。森の外では茶色だったが、ここでは、まだらに緑。
苔をつぶして歩く。日差しで、だいたいの方角を確認しながら。きのうも歩いたところだ。どこも同じような景色で、よくわからないが。
行先は、決めていた。
テント地から、まっすぐ奥へ。
だんだん、林が濃くなって行く。木の太さはまちまちで、かなりの大木も。5分も歩くと、海岸はまったく見えなくなるが、気にせず進む。
進む。
「……やっぱり、揺れてるなあ」
眩暈、だろうか。少し、ふらつく。
別に、テントで休んでいても良いのだが──、
「ねえ、カセイジン。揺れてる?」
「なにが?」
「いやあ、なんでも……」
ともかく、歩く。
地面に起伏はほとんどなく、ずっと一様な坂道が続いている。石もあまり落ちていない。ただ、細かい土の粒が、ときどき巻き上がって指にささる。
風が出てきた。
木々がかすかにゆれるが、ほとんど音はない。枝がないのだから当然か。ただ、幹にはりついた葉が、かすかに揺れてざわめく。
足がすこし痛くなってきた。
昨日は、もう少し歩いただろうか。そろそろ、戻れなくなりそうだ。ともかく、単調に木々が並んでいるばかり。
それから、穴。
ときおり、深い穴が、地面にあいている。底は見えない。伐根した痕かと思ったが、それにしては、あまりに深い。
だいたい、だれが木を抜くというのか。
蛇の穴。それにしては、大きさが不揃い。なかには、ひとかかえ以上もありそうな、太いものもある。もしかすると、もっと大きな動物が、ここにはいるのかもしれない。たとえば、巨大なもぐらとか。
それとも、大蛇。
歩く。
穴が、すこしずつ増えていく。
いちど休憩をはさんで、また歩く。別に目的地はない。迷ったら迷ったで、それまでのこと。ボンヤリした頭に、
とつぜん、光がさしこむ。
景色がひらけた。林がなくなっている。いや、
木々のあるべきところが、すべて、穴になっているのだ。
やはり、これは、木を抜いた痕だ。そう思う。たくさんの穴、広場の中心あたりに、ひときわ大きな穴。穴というより、底が見えない窪地というほどの大きさだ。これが、木を抜いたあとだとすれば、よほどの大樹だ。
近づいてみる。
ぱらりと、土のかけらが落ちる。穴の内側はやけにまっすぐ、平坦で、ところどころ光ってみえる。よく見ると、小さなガラスのかけらのようなものが。
底は暗くて見えない。──いや、
かすかな、にぶい光が。
高い、うめくような遠吠えが、穴の底からひびいてきた。抑揚をつけて、何人もで合唱するように。少しずつ、高く、強く。
ぞくりと、震えて、朱里は林のなかに走りだした。




