毛皮のある蛇
やっと息をつく。
濡れたスーツを脱ぎ、デイジーにもらったタオルで髪をふく。放っておくと塩分で髪が痛みそうだ。まあ、今更ではある。
スーツの下は、裸である。が、感覚的には、さっきまでと特に変わらない。誰が見ているわけでもなし──、カセイジンは、まあ、人間ではないし。
「……ちょっと、冷えるかな」
体感的には、秋の始めといったところか。ただ、日差しは夏のように強い。
バックパックを探る。この鞄は、前の世界で、宇宙船デイジーベルの守護者、人工知能体デイジーからもらったものである。こまごました日用品と、それから、超科学の七つ道具。いや、ひとつは置いてきたので、六つ。
バックパックの奥をにらんで、眼鏡をかけなおす。これだけの冒険をしても、近眼はなおらない。べレオで手に入れた眼鏡は、ぴったり顔にあっているが、鼻あてもちょうつがいも無いので、ずれやすい。
もうひとつ、身に着けているものがある。木の指輪である。地底世界で、ラードナーラという騎士にもらったものだ。
それから、──身に着けているとは言いたくないが、もうひとつ。白い腕輪。これは、この旅をはじめるときに、埋め込まれたものだ。手首の肉と癒合して、絶対にはずれないようになっている。このなかに、時空転移装置が入っているらしい。
鞄の奥、ちいさな布袋から、茶色の下着をとりだす。洗濯などしていないが、新品のようにきれいだ。身に着けると、上下とも、かすかに動く気配がして、肉にフィットする。なんだか、ぞわぞわする。
「……いまいち、デリカシーに欠けるのよね。デイジーベルの衣服ってさあ」
「それ、……どっちの?」
「どっちも!」
カセイジンと軽口をたたきながら、足裏の砂をおとしてサンダルをはく。それから、服を。鶯茶色の、やわらかい布。大き目の、袖のないトップスと、ハーフパンツのあいだに、きれいな飾り紐。
腰のところから、ひときわ薄い、ふわりとした布が広がって、これも飾り紐で足首にきゅっと結ぶ。歩くと、脚をうっすら包んでこの布がゆらゆら揺れる。
それから、ビーズのような小さな宝石がついた細い鎖。腰に巻いて、ゆるく首元へ。
装飾が多くて気恥ずかしいが、気に入っている。砂漠の国で、パ=ルリという女が仕立ててくれた服である。
「さーて、」
おなかがすいたなァ、と口のなかでつぶやく。
鞄のなかには、デイジーからもらった丸薬が入っており、いざという場合にはそれが食料になる。が、できれば飲みたくはない。
魚をつかまえるか、貝をとるか。
食べられるものが見分けられればよいが──、
「……まずは、火かなァ。よくわかんないけど」
サバイバルの定石。特にだれから聞いたわけでもないが、そんな気がする。
「銃をもらっておけばよかったのに!」
カセイジンが、よけいなことをいう。
「うるさいなぁ」
退屈まぎれに、うっかり話したのがいけなかった。デイジーベルのエネルギー・ガン。そんな物騒なものはいらないと、断った。発火用具に使うなどと、考えてもいなかったが。
「この世界、人いないのかなぁ」
なんとなく、そう呟く。転移して、数時間。まだ、付近を詳細に調べたわけではないが。
眼鏡をはずしてみる。
レンズで集光して発火させられると、聞いたことがあるような気がする。うろ覚えであるが。
「うーん」
晴れ上がった空。差し迫った心配がないせいか、どうにも緊張感はない。
もう一度、眼鏡をかける。かるく頭を振る。
視界のすみに、何か動くものがみえた。蛇であった。
いや、見知った蛇の姿ではない。
白い毛が、ふさふさに体を覆った……猫のしっぽを太くしたような。ずるずると、茶色のコケに覆われた地面と、波痕の残る海岸のあいだを、這っている。
その前方に、虫のようなものがいる。
二本、数十センチもある細い脚で、跳ねている。胴体は頭と一体化して、ほんの指先ほどの大きさ。触角はない。
ずるりと、蛇がかま首をもたげた。
しゅっ…、
一瞬あとには、蟲の頭はもう蛇の口に飲まれており、長い脚だけが、海岸側に落ちて、ぴくぴくとうごめいていた。
その脚を、胴体と長い毛のなかに収納されていたらしい蛇の手足が、がっつりと押さえつけている。
(……はぁ、)
と、朱里はため息をついた。
「おなか、……すいたなァ」