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異世界八景  作者: 楠羽毛
幕間
103/206

箱舟の午後

 アルバが先に食事をおえて、立ち上がる。ビーナはまだ半ばというところ。かれはいつも食べるのが遅いのに。どうも浮き立っているようだ。

「午後は、鎖の整備のことをもう一度やろう」

 あっというまに皿を片付けて居間をでていく。返事をする間もない。

 このところ、箱舟のことばかり。まえは算術や、図画美術にもっと時間をさいてくれたのに。押しかけ弟子が文句をいえた義理ではないが。

 ただ──、



 浮遊植物の群れで、空はくもっている。はるか上空でざわざわと茎がふれあう音が、ここまで聞こえてきそうだ。

「ここらの水では、錆はあまりつかない。だから、そう簡単にはこわれない筈なんだが、どうもつなぎめが構造的にもろいらしい。鎖の内部がこう、ひねったような形で合わせてあるから、──わかるか? ここだ」

 アルバが鎖の絵図面をさす。いつもより、早口で。

 なんだか、おかしい。やっぱり。

 手のうごきも、どことなく。

 アルバの口はずっと動いていたが、ビーナはもう聞いていなかった。

 ずっしりとした不安の種が、どこかに埋め込まれていくようで。



 アルバの私室。いや、書斎。

 小さな分類箱がいくつも並んで、机のうえには、布の絵図面が三枚。背後の棚には、板表紙のついた貴重な紙の束が、ていねいに並べてある。──べレオ製ではない。蜘蛛人の都市から持ち込んだものか。

 蜘蛛人の文字なら、少しだけ習った。

 ビーナはそっと紙束のひとつを指で寄せて、表紙をながめた。読めるといっても、文字をひととおり習っただけ。意味は、よくわからない。

 ころんと、なにかが落ちる。石であった。薄い、台形に加工された灰色の。広う。びっしりと、なにかが描いて、いや彫ってある。蜘蛛人の文字。

 よくわからないままに、べレオふうの読み下しで音読する。しょ・う・か・ん・じょ・う。知らない単語だ。これは、──

「……べつに、隠すつもりはなかった」

 アルバの声がした。びくりと震えてから、思い出す。たのまれていた図面。振り向いて、なにか言おうとする。アルバの声は、あまりに静かで。

「召喚状だよ。蜘蛛人の、行政府から──、」

 蜘蛛人。滅亡したのではなかったか。少なくとも、このあたりでは。

「雨季のあいだに、投げ込まれたものらしい。証人として、箱舟づくりを請け負ってくれた蜘蛛人の名前が入っている。ケ=ナという蜘蛛人の権利義務を承継したものとして、おれを喚んでいる」

「……いってしまう、ということですか。」

「べつに、帰ってこないわけではない。ただ、蜘蛛人の政府がほんとうにまだあるのなら、おれはやはり──、」

「猿人の国をぬけて?」

「そうなるな」

 危険です、といいかけて、ビーナは口をつぐんだ。アルバの口もとをみる。かすかに揺れている。迷っているのだ。ゆかないで下さい、そう言えば、この人は残るだろう。だから。

「ぼくも、──行きます」

「ばかな。だれが箱舟の守をするんだ」

「あなたが。次の雨季までに帰るのでしょう」

 アルバは口をつぐんだ。ビーナは決然と口をむすんでいた。迷いなく。

 そうして、──二人は、ゆくことになった。


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