長い長い当直
それから数日のあいだ、朱里は、デイジーベルで過ごした。
足が痛くなるまで船内を歩き、機関室に入っては叫んだ。誰もいない居住空間の地図を作って遊んだ。もう何千年も使われていない図書室で、ホログラム・ブックを一日中めくって過ごした。
疲れたら、そこらで眠った。起きると、いつもデイジーがかたわらにいた。
食事は、デイジーが運んだ。どんなリクエストをしても、すぐに言ったものがでてきた。カレーライスには福神漬けがついて、ココアは砂糖たっぷりで。
なぜだか、時計だけは、見せてくれなかった。
二度ほど、夢をみた。砂漠の夢。それから、地底世界の夢。
地球の夢は、見なかった。
*
「ねえ」
最後の日、寝室で身じたくを整えて、荷物をまとめおえた朱里に、デイジーは、小さな声でいった。
「約束、……していただけませんか。」
「何を?」
朱里は、ジャンプスーツの表面を撫でつけながら、聞き返した。やはり、この服はなんだか気持ちがわるい。空調のきいた快適な部屋で裸でいるような。
「いつか、……この船に戻って来ると。お願いします」
朱里は目をぱちぱちとしばたかせて、それから眉をしかめた。
じっと、デイジーをみつめる。あいかわらず、顔はみえない。けれども、かすかな肩の震えが、空気をとおして伝わってくる。
「……寂しいの?」
たずねると、デイジーは、少し黙ってから、滲んだ声でこたえた。
「ええ。……わたし、さみしいんです。」
それから、朱里がちいさく、「わかった。」とささやくと、ようやくデイジーは認識迷彩を解除して、素顔をみせた。
かたい、きれいな、人形の顔を。