さいごの希望
「これ、すごいんですよ。」
円卓に、ずらりと並んだ、七つ道具。アウトドアグッズの展示会のような。
その中から一つ、拳大の小瓶に入った白い粒を、ざらざらと綺麗なてのひらに出して、一粒つまんでみせる。
「ただの錠剤に見えるでしょう。なんとこれ一個飲み込むと、胃壁にとりついて圧縮栄養をちょっとずつ供給するので、まる一週間は食事不要になるんです。神経系もきちんとハックしますから、空腹感もありません。水分は必要ですけど」
朱里は椅子にかけたまま、頬杖をついていた。
デイジーのおおげさな身振りを眺めて、ふと連想する。実演販売員。そんな概念が、この宇宙にあるのかどうか知らないが。
「アブない薬じゃん……薬?」
「その昔、東方のニンジャが使っていたとか」
「なにその世界観」
「ジョークです。お気になさらず。……こっちは、超圧縮水です。透明な球に見えますけど、超次元圧縮技術を使ってますから、これだけで4万5千トンの純水を含んでます。簡単なコマンドを唱えるだけで蛇口が開きます」
「それ洪水起こすやつじゃないの?」
「ちゃんと安全装置ついてますよ。……こっちは適応薬。群体型AIを構成する人工微生物の塊ですけど、これ一粒飲むと、半日で環境にあわせて体を作りかえてくれるんです。AIのフレームレベルを越えないかぎり、どんな環境でも適応できます。ちゃんと恒常性を保つように再設計するので、新陳代謝もばっちりです。不可逆ですけど。……二粒しかないので、一応全部いれときますね」
「いちばん怖いやつじゃん……。ねえ」
朱里は、デイジーの手元をじっと見た。眼鏡の奥のきつい目つきをさらにぎゅっと寄せて、たずねる。
「……どうして、そこまでしてくれるの?」
「何がです?」
とぼけられて、小さく、怒りをこめた溜息ひとつ。朱い唇をぐっとすぼめて。
「だから、……ありがたいけど、さ。」
「あなたのことが、好きだからですよ。」
「ジョークは、もういいから。」
「わたしは、人間に奉仕するために生まれた機械ですから。」
「デイジーベルの乗組員に、じゃないの?」
「……ちょっとくらい拡大解釈したって、いいじゃありませんか。ねえ?」
朱里は力をぬいて、だらりと目線を上にむけた。なんだか、まじめに話すのが、ばかみたいだ。
「ねえ、……この船に乗りませんか。」
「え?」
とくん、と心臓がはねる。顔が紅潮するのがわかる。機械音声じみたデイジーの言葉が、耳のなかをぐるぐるとはねまわる。
「乗組員登録していただければ、この船の思考リソースを全部、あなたに注げます。うまくいけば、残り時間で腕輪の解析を完了して、制御系をハックできるかもしれません。不本意な旅を続けなくてもよくなりますよ」
深呼吸を、ひとつ。数秒かけて、ゆっくりとデイジーの言葉をかみしめる。それから、問い返す。
「……カセイジンを眠らせたのは、その話をするため?」
「いいえ。ただ、邪魔だったので。……プレイ中にいちいち割り込みかけてきて、うざかったんですよ。あいつ」
「はぁ……」
「で、いかがです?」
「……あの人たちさ、」
「え?」
「あの人たちに夢を見させるにも、リソース使ってるんでしょ。この腕輪に思考を集中したら、あの人たちはどうなるの?」
「……いいじゃないですか、そんなこと。たかだか一週間やそこら、夢の世界を真っ黒にしたって」
「うーん」
朱里はちょっと首をひねって、指先でテーブルをたたいた。少しだけ、迷うふりをする。
本当のところ、とっくに心はきまっていた。
「……夢見が悪いから、やめとく。」
「夢だけに?」
「……あんたのそういうところ、嫌い。」
「あらあら。」
そういって、デイジーはたしかに、見えない顔で微笑んでいた。
朱里は、かすかに唇をまげて、そう思った。いや、感じた。




