王族
夜中━━
朱里は、ぱっちりと目をあけて布団のなかに潜っていた。
カセイジンが何度か口をひらこうとするが、そのたびに黙らせる。
やがて、隣室から、声がきこえてくる。
朱里はとびおきて、壁に耳をつけた。ダグールのしずかな声、それから、もっと静かな、平坦でちょっと高めの、女の声。
じっと、耳をすませる。
それから、10分ほどして、会話は終わった。
*
さらに数時間後──
朱里は、居間の床に這いつくばるようにして、ダグールの私室をのぞいた。
あかりはついていない。
耳をすませる。寝息が聞こえてくる。
しずかにドアを開けて、足音をたてないよう、姿勢をひくくしてしのび足。
よく眠っているようだ。
吐息がとどかないように気をつけながら、深呼吸を二回。
そっと、閉じた瞼にふれる。慎重に、ひらく。
くるりと月の輪をかいた瞳。
王族の証だ。
サイドテーブルにある小さなケースをひらく。コンタクトレンズ。
*
宮殿に朝帰りすると、ベッドの上に真新しい着替えが置いてあった。
まっしろで、厚みがあるくせにとても軽い。布目のみえない、やわらかな素材。ジャンプスーツのようだが、チャックも何もなく、どこから着るのかわからない。
まさかと思いながら、首の穴に手をかけて引っ張ってみると、ちょうど両足が通せるくらいに伸びた。履くものらしい。しばらく迷ってから、下着のうえにじかに着ることにする。全身を通したとたん、ぱちんと音をたてて伸縮性がなくなり、ウェットスーツのようにぴっちりと締まった。
(……脱ぐときはどうすんだろ、これ)
ちょっと悩んで、やめる。いま考えることでもない。
寒くはないが、このままでは落ち着かない。とりあえず上着をはおり、部屋を出る。
姫の部屋へゆき、こんこん、とノック。反応はない。となりに立つ黒機兵を気にしながら、ノブをひねる。鍵はかかっていないようだ。
部屋のすみには、クロヒナギクがひとり。
ただ、立っている。
掃除や片付けものではなく、命令を待っているようだ。姫が留守のときには、いつもそうしているのかもしれない。
「……姫は?」
きく。いらえはない。
前のように、手振りででも教えてもらえないかと思ったが──
ふと、思いついて、カセイジンの頭をつかむ。
「やめてよ!」痛覚があるわけもなかろうに。
「……カセイジン。教えて。わかるんでしょう?」
ぎっと睨みつけると、しばらく黙ったあと、
「……王の間だよ。きみが、最初に目をさましたところ」
そう、白状した。
説教はあとにして、とにかく、急ぐ。
長々とつづくらせん階段。エレベーターくらいあるんじゃないか、と思う。しかし、探しているひまはない。
10分ほどで、たどりつく。部屋の前には、黒機兵がひとり。
「……いれて下さい、」
そういうが、返事はかえってこない。
ドアノブに手をのばす。
無言で、黒機兵のつめたい手が朱里の手首をつかむ。
にらむ。
いらえはない。
カセイジンのほうを見るが、首をふるばかり。
朱里は舌打ちして、身をひるがえした。
*
朱里は、城のなかをさまよう。そこここで扉を守っている黒機兵は、こちらを捕まえようとはしないが、けして通してくれない。
クロヒナギクとすれちがうが、こちらに目もくれない。
あてもなく、歩き続ける。これまで、ここで出会った人間はクラデと国王だけ。まさか、ほんとうに他の人間はだれもいないのか。
ホールに出る。シャンデリアの下、人影。
「ダグール!」
朱里はうわずった声でさけんだ。まさか。どうして。
「アカリ、」「ダグール、なぜここに?」朱里はかぶせて叫んだ。クリーム色の、襟のある服。一張羅か何かだろうか。
「クラデ姫に呼ばれたんだ。ここでずっと待っているんだけど、」
朱里は一瞬考えこむと、間髪をいれず、さけぶ。
「きて!」
黒機兵は、もう邪魔をしてこなかった。




