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異世界八景  作者: 楠羽毛
デイジーの世界
10/206

王族

 夜中━━


 朱里は、ぱっちりと目をあけて布団のなかに潜っていた。

 カセイジンが何度か口をひらこうとするが、そのたびに黙らせる。

 やがて、隣室から、声がきこえてくる。

 朱里はとびおきて、壁に耳をつけた。ダグールのしずかな声、それから、もっと静かな、平坦でちょっと高めの、女の声。

 じっと、耳をすませる。


 それから、10分ほどして、会話は終わった。



 さらに数時間後──


 朱里は、居間の床に這いつくばるようにして、ダグールの私室をのぞいた。

 あかりはついていない。

 耳をすませる。寝息が聞こえてくる。

 しずかにドアを開けて、足音をたてないよう、姿勢をひくくしてしのび足。

 よく眠っているようだ。 

 吐息がとどかないように気をつけながら、深呼吸を二回。

 そっと、閉じた瞼にふれる。慎重に、ひらく。


 くるりと月の輪をかいた瞳。

 王族の証だ。


 サイドテーブルにある小さなケースをひらく。コンタクトレンズ。



 宮殿に朝帰りすると、ベッドの上に真新しい着替えが置いてあった。

 まっしろで、厚みがあるくせにとても軽い。布目のみえない、やわらかな素材。ジャンプスーツのようだが、チャックも何もなく、どこから着るのかわからない。

 まさかと思いながら、首の穴に手をかけて引っ張ってみると、ちょうど両足が通せるくらいに伸びた。履くものらしい。しばらく迷ってから、下着のうえにじかに着ることにする。全身を通したとたん、ぱちんと音をたてて伸縮性がなくなり、ウェットスーツのようにぴっちりと締まった。

(……脱ぐときはどうすんだろ、これ)

 ちょっと悩んで、やめる。いま考えることでもない。

 寒くはないが、このままでは落ち着かない。とりあえず上着をはおり、部屋を出る。

 姫の部屋へゆき、こんこん、とノック。反応はない。となりに立つ黒機兵を気にしながら、ノブをひねる。鍵はかかっていないようだ。

 部屋のすみには、クロヒナギクがひとり。

 ただ、立っている。

 掃除や片付けものではなく、命令を待っているようだ。姫が留守のときには、いつもそうしているのかもしれない。

「……姫は?」

 きく。いらえはない。

 前のように、手振りででも教えてもらえないかと思ったが──

 ふと、思いついて、カセイジンの頭をつかむ。

「やめてよ!」痛覚があるわけもなかろうに。

「……カセイジン。教えて。わかるんでしょう?」

 ぎっと睨みつけると、しばらく黙ったあと、

「……王の間だよ。きみが、最初に目をさましたところ」

 そう、白状した。

 説教はあとにして、とにかく、急ぐ。

 長々とつづくらせん階段。エレベーターくらいあるんじゃないか、と思う。しかし、探しているひまはない。

 10分ほどで、たどりつく。部屋の前には、黒機兵がひとり。

「……いれて下さい、」

 そういうが、返事はかえってこない。

 ドアノブに手をのばす。

 無言で、黒機兵のつめたい手が朱里の手首をつかむ。

 にらむ。

 いらえはない。

 カセイジンのほうを見るが、首をふるばかり。

 朱里は舌打ちして、身をひるがえした。



 朱里は、城のなかをさまよう。そこここで扉を守っている黒機兵は、こちらを捕まえようとはしないが、けして通してくれない。

 クロヒナギクとすれちがうが、こちらに目もくれない。

 あてもなく、歩き続ける。これまで、ここで出会った人間はクラデと国王だけ。まさか、ほんとうに他の人間はだれもいないのか。

 ホールに出る。シャンデリアの下、人影。

「ダグール!」

 朱里はうわずった声でさけんだ。まさか。どうして。

「アカリ、」「ダグール、なぜここに?」朱里はかぶせて叫んだ。クリーム色の、襟のある服。一張羅か何かだろうか。

「クラデ姫に呼ばれたんだ。ここでずっと待っているんだけど、」

 朱里は一瞬考えこむと、間髪をいれず、さけぶ。

「きて!」


 黒機兵は、もう邪魔をしてこなかった。

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