スクエア突入準備
<<沖縄県宜野湾市 普天間飛行場>>
沖縄にある在日米軍専用の飛行場でありアメリカ海兵隊第36海兵航空群など主にヘリコプター部隊などが配備されている基地である。
この飛行場には今多数のヘリが駐機され物々しい雰囲気が漂っていた。
「全員、整列!」
ガタ!
アメリカ軍兵士たちが完全武装の状態で駐機場に整列する。
彼らはアメリカ海兵隊 第3海兵遠征軍 第3海兵師団 第5武装偵察中隊の特殊部隊員たちだ。
いわゆるアメリカで有名な特殊部隊フォースリーコンの沖縄駐留部隊である。
「おはよう、諸君。司令官のアンダーソン准将だ。ブリーフィングで説明があった通りだ。諸君らはこれより与那国島のスクエアに突入し、未知の世界へ強行偵察を行うことになる。大変過酷な任務だが諸君らなら必ず任務を全うできると信じている。君らは異世界派遣部隊の第一陣であり、日本国自衛隊の異世界派遣部隊の支援が主要任務だ。働き次第で自衛隊と我が軍の今後の方針が決定すると言っても過言ではない。よって諸君らの健闘を心から期待している。以上だ。ガードナー少佐、よろしく頼むよ」
「了解」
司令官が挨拶を終えると兵士たちはMV-22Bオスプレイに乗り込み始める。
そして全員搭乗するとオスプレイが離陸し編隊を組んで洋上に飛んでいった。
<<防衛省>>
「第一陣が全機離陸し、ワスプへ向かいました」
「わかった」
部下から報告を受けた防衛省に控える幹部たちは歯がゆそうにそれを聞く。
できれば異世界の偵察は自分たちでなんとかしたいところだったがそれはとても叶いそうになかった。
まず現時点では自衛隊法や国内事情を考えるとハードルがかなり高いことがあげられる。
いきなりおいそれとできることではなかった。
次にこの任務に最適任な部隊を自衛隊は保有していなかったからだ。
もちろん水陸機動団でも実施可能だが能力ではアメリカ軍の専門部隊にどうしても見劣しまう。
なぜなら今回投入される部隊はこの任務が専門中の専門であるエキスパートだからだった。
空挺やレンジャーはもちろん一人々に指揮官並みの戦術能力を求められ、敵地での活動能力、IT技能、工学、言語、破壊工作、通信に至るまで入念に訓練された精鋭であり、レンジャーをかき集めただけの部隊とは訳が違う。
特殊作戦群は市街戦や対テロがメインであり論外だった。
特別警備隊もネイビーシールズに類似した部隊だが小規模であり、今回の任務の適正を考えれば除外せざるを得ない。
なので今回、異世界派遣部隊編成計画が党国防部会で提案され安全保障会議で実施に際しての下準備として同盟国アメリカに計画の支援を要請し、それが実施される運びとなったのだ。
もちろん実力行使は自分たちで行うこと念頭に安全な方法を取った結果であるので不本意ではなかった。
アメリカとしても日本政府の本気度を見てそれに答えての派遣である。
現在、与党では自衛隊法の改正を目指して国防部会と安全保障会議の限られたメンバーが骨組みを作っている。
この関連法案を国会に提出し自衛隊を異世界に送り込む法的根拠となる土台として成立、早期施行を目指す。
これは総理大臣の強い意向もあった。
<<首相官邸>>
「本気なんですね、総理?野党やマスコミ、国民に突き上げられるのは必至ですよ」
「もちろん覚悟の上です。日本はいよいよ自分たちで安全保障を考え、実行しなければならない時代が訪れたんだと思っています。アメリカにおんぶに抱っこもしてもらう時間は終わったんです。中国のことも念頭にあります。私はこの機会に政治生命をかけてこの問題に対処しますよ。もちろん党も巻き添えですが今後にとっても大きなプラスになるはずです。今回の問題はいずれだ誰かがやらなければならない問題でもある。アメリカとしても我々の態度を見てが同盟国としてふさわしいのかを見ているはず。この問題を口実に安全保障改革を行うのは心苦しいですが、決断の時なんですよ」
「しかし限定的な敵地攻撃の容認とその拡大解釈というのは支持率に与えるダメージを考えると胃が痛くなりそうです」
「大ダメージは間違いないでしょうね。ですがすでにアメリカにお膳立てしてもらっているんです。後には引けませんよ」
「そうですね」
首相官邸の密室で総理は親しい大臣と今後の日本を左右する会話をしていた。
<<与那国島の沖合>>
海上自衛隊のむらさめ型護衛艦が航行していた。
「哨戒ヘリが未確認の潜水艦を探知。現在音紋を識別中」
「恐らく十中八九、商型原子力潜水艦だろう」
「でしょうね」
「哨戒ヘリから入電、目標は商型原子力潜水艦です」
「よし、追尾開始。進路087へ変針」
自衛隊とアメリカ軍の動きに中国軍が敏感に反応していた。
しかし中国側に今回切れるカードは殆ど無いのであわよくば周辺海域に侵入して偵察をしようというものだった。
その頃、アメリカ海軍第7艦隊と日本国自衛艦隊の艦艇数隻が与那国島近くまで来ていた。
その艦隊には不釣り合いな小型艦艇数隻が同伴している。
アメリカ海軍のサイクロン級哨戒艇である。
スクエア突入にあたり特殊部隊を支援するために派遣された艦艇で、このサイクロン級はネイビーシールズの支援が任務の一つだが今回は海兵隊支援のためはるばる遠征している。
ワスプ級強襲揚陸艦ワスプには今回異世界に派遣される地上部隊が既に待機していてサイクロン級やCB-90などの小型艇への移乗を始める。
その中にはアメリカ軍兵士ではないものも片手で数える程度混じっていた。
陸上自衛隊から派遣された特殊部隊員で今回の任務のためにアメリカ軍に随伴できるよう特別に選抜、訓練された選りすぐりであった。
訓練も一部自衛隊ではできない部分をアメリカ本国でみっちり訓練するなどの念の入れようである。
自衛隊としてもいずれはネイビーシールズやフォースリーコンのような海上作戦に適正のあるそれなりの規模の特殊部隊を創設したいという思いもあって実地でアメリカ軍からノウハウを学ぼうと躍起だった。
アメリカ軍としても自衛隊にそういった部隊ができるのは歓迎であったし自衛隊の異世界派遣を考えれば百聞は一見にしかずとも思っていたので自衛官の同伴を快く受け入れていた。
ちなみに自衛官の存在は非公式であり世間に知られると突き上げられるので極秘である。
彼らは今後その特殊部隊創設のスタートアップ要員になる人材であった。
「遂に異世界か、お前どうよ?」
「ああ、武者震いするよ。ここに友達も連れてこれたら良かったんだけど」
「友達?」
「ああ、極度のオタクでケモナーって人種なんだよ。異世界に一番乗りしたい自衛官ナンバーワンみたいなやつ」
「へえ、確かにその手のやつにはあの子達もストライクゾーンなんだろうな」
仲間が指を刺す。
その先にはサイクロン級の周りに集まってきた人魚の女の子がいた。
こちらの視線に気付いたのか手を振ってくる。
「うん、間違いない」
そう言うと人魚たちに手を振り返す。
「名前は?」
「大竹」
「ふーん、覚えとくか。おっと、時間だ。佐伯、行くぞ」
「了解」
佐伯はM4カービン小銃を持ち直すと所定の位置につく。
武装は補給や整備、共用を考えアメリカ軍側に合わせてある。
スクエア突入部隊の準備は整った。