part5
回想
超能力の世界は弱肉強食の世界。同僚が殉職するというのも聞かない話ではない。
そんな世界に志月が踏み込んだのは、幼少の頃に起きたある事故がきっかけだった。
志月は、二〇二九年三月十三日に東京の病院で生まれた。
母親は、志月が物心つく前に、病気を発症しそのまま帰らぬ人となった。
シングルファーザーとなった父親は男手一つで娘の志月を家事面・経済面で子育てに奮闘していた。
志月も家事の手伝いをするなど、苦労しながらも親子二人仲睦まじく暮らしていた。
多忙な毎日で、二〇三九年、志月十歳の夏、父親はまとまった休暇が取れ、志月にとって人生初の国内旅行が実現した。
普段コンクリートジャングルの東京で日々を送る志月にとって、何ヶ月も前から楽しみにしていた大イベントだった。車内では終始笑い声が絶えなかった。
京都の高速サービスエリアで昼食を食べ終えた雨の中。
駐車場に向かう途中で、志月はトイレに行きたくなった。父親は、終わるまでトイレの前で待っておこうかと、志月に尋ねた。
でも志月は、それぐらい一人で大丈夫、と軽く断った。自分はもう色んなこと一人でできるよと、父親に胸を張りたいという気持ちもあった。
父親も志月の意を察してか、すんなりと承諾して、一人で駐車場の方へ向かった。
志月はお手洗いを終え、トイレから出ようとした時、遠くの方で爆発音が聞こえた。辺りが騒がしくなる。
なんだろうと思い、志月は外に出る。雨脚が強まって来たので、傘を差し、音の鳴った方へ歩く。
駐車場の方で炎が上がっていた。
志月は十年以上経った現在でも生々しくその景色を思い出せる。
傘が手から落ちた。大雨でずぶ濡れになっても、志月は目を閉じることができなかった。
スローモーションのように落ちる雨粒。パーキングエリアの売店から出てきた野次馬。そして、駐車場の中央で燃上する我が家の車。
全てがモノクロに見えた。トボトボと車の方へ歩く。駆けつけた警察官が必死に志月を押さえる。
誰かの声が聞こえる。
…………お父さん
ようやく気が付いた。
鼓膜に伝わってくるのは、「お父さん!」と泣き崩れている自分の叫び声だった。
志月はその後も声が枯れるまで叫び続けた。
それでも一刻前のあの柔らかな声は返って来なかった。
多くの群衆が目撃していたにも関わらず、事故の明確な原因は判明しなかった。警察は、車の劣化によってガソリンに引火したと、最終的には推測交じりに処理された。
もちろん、志月はそれで納得できる訳がない。
そんな胸中で志月は、警察官の一人がある噂をしているのを耳にした。爆発の犯人は超能力者だという。
志月はそれを鵜呑みにした訳ではなかったが、頭の中では超能力者は全員容疑者となった。
志月の両親は共に身寄りが存在していなかった。そのままだったら、孤児院に収容されてしまっただろう。
しかし、志月を養子に迎えたいという者が現れた。今の仕事の上司である、星野久六夫妻だった。彼らは、悲惨な事故で親を失った志月の話に心を打たれ、何とかして手を差し伸べられないかと思い、養子縁組に名乗り出たという。
志月はそのまま久六夫妻に引き取られ、東京都内の小学校に転校した。
だが、転校してたった一ヶ月で、秘密にしていた家庭の事情がクラス中に広まった。同級生の保護者が担任の先生にしつこく質問攻めした結果、個人情報を漏らしてしまったらしい。
小学生は自分の気持ちに素直故に容赦がない。事実を知った小学生は、志月を自分より下の者と認識し、そこからいじめが始まった。机に落書きしたり靴を隠したり、幼稚だが悪質ないじめを受け続けた。
志月はいじめを先生や星野夫妻に相談しようとしなかった。周りの人間は誰一人信じられなかったのだ。心を許せる友達も居ず、毎日をただただ耐えていた。
するとなんとも奇妙な現象が起きた。
ある日、志月は今日もいじめられるのだと、憂鬱になりながら登校していた。下駄箱に着くと、毎朝のようにいじめっ子達が近づいてきた。
志月はまた嫌がらせをしに来たのかと思った。
だが、いじめっ子達の行動は志月の予想と全く違った物だった。そのいじめっ子達は、いきなり土下座し頭を下げたのだ。
志月は不意を衝かれたように、一歩退く。いじめっ子の一人が「すみませんでした。もう絶対にしません」と震えながら謝ってきた。
教室に入ると、今度は先生がちらちら怯えた目で志月を見ながら授業を始めた。
こうなると志月の方が怖くなってくる。何かした覚えはないのに、全員が恐怖の色に染まっている。あたかも、「化け物」を見るかのように。
その後志月は勉学に励み、その甲斐あってか、全国偏差値ナンバーワンの東郡大学に合格し、日本超能力監視局に就職することができた。
だが、たとえ超能力監視局に入社し日々の仕事に追い回されても、超能力業界でやりたい、いや、しなければならないことは変わらない。
それは父親の死の真相を突き止めることだ。そのためなら今の仕事も捨てる覚悟だ。