part1
2052/02/22 某ロシア民間軍事基地
シベリアの猛吹雪の中、警報ランプがせわしなく光を放つ。
「全隊員!警戒態勢!警戒態勢!」
普段人気が無く殺風景な民間軍事基地に、珍しく武装した兵士があちらこちら駆けていた。
「国際指名手配犯のIKが施設内に侵入した模様。隊員らは、ダニール社長を護衛しつつ、IKの捜索、及び排除せよ」
このダニール民間軍事基地の司令部・HQが、基地内に一斉放送する。
ちょうど放送中に、通路を疾走する人影に、兵士一名が気付く。
「HQ!HQ!三階北通路に、不審な人影を確認。凄いスピードで、社長が避難している部屋に向かっています!IKに違いない!」
切羽詰まった無線が全隊員に伝わり、一層基地が慌ただしくなった。
取締役のダニール氏の部屋の前では、兵士五名が緊張した面持ちで来たる敵を待ち構えていた。無線を聞いてから、アサルトライフルを持つ手に力が入る。
護衛する部屋は本館とは別の場所。辿り着くには、唯一の連絡橋を通らなければならない。障害物なしの一本道、全面耐久ガラス張りで逃げ場もなし。相手に勝ち目はないように思われる。
無線が入ってちょうど一分が経過しようとした時、連絡橋の向こう側に、浮世離れした人物が現れた。
真っ赤なコートを羽織っていて、隠密性ゼロだ。わざと目立とうとしているようにも見える。
手足には黒い炎がごうごうと燃えている。それに加えて、小柄な体型には不釣り合いな大剣を背負っている。
なによりも特徴的だったのが、暗闇の中ちらちら見える鬼の仮面だ。屋台で売っている安物ではなく、古から継承されている貫禄がそこにはあった。
「IKだ!IKが現れたぞ!総員銃を構え!!」
隊長らしき兵士の号令の直後、全員突如現れたIKに照準を合わせる。
「撃て!!!」
発砲の合図とともに、大量の銃弾が一直線にIKに発射される。
しかしIKは、ガラスの壁や天井を蹴って、次々に跳び移る。IKの動きが速すぎて、銃弾はIKを貫くどころか、掠りすらしない。
IKは徐々に距離を縮める。あと五メートルの所で、IKは宙返りの状態で兵士を飛び越え、兵士らの背後に着地した。
兵士らは一気に距離を詰められたことで、脳内パニックを引き起こし固まってしまう。
その一瞬の隙に、IKは近くにいた兵士一人の服を掴み、投げ飛ばす。投じた方向に突っ立っていた兵士二人は巻き添えを食らい、壁に打ち付けられ、そのまま気絶してしまった。
ようやく正気に戻った残りの二人は、銃だと同士討ちしてしまうと思い、サバイバルナイフを手に取る。
だが、IKは兵士が完全臨戦態勢になる前に、自分の身体を大きく一回転させて、兵士一人に回し蹴りをして吹き飛ばす。
「正々堂々と勝負しろーー!臆病者!」
残った隊長らしき兵士は、IKに筋違いの罵倒を吐きかける。一本道で勝負しかけた側が正々堂々戦ったか、甚だ疑問だ。
だが、IKはその場に止まり、格闘の構えを取る。そっちから来いと誘い込んでいるようだ。
「舐めやがって!!」
隊長はIKの挑発で理性的な判断ができなくなったのか、愚直な動きでナイフを斬りかける。
IKは、ナイフが身体に接触する前に、隊長の前腕を払いのける。ナイフは無様に彼方へ飛んでいく。
反撃する暇も与えず、IKは顎にアッパーカットを食らわせた。
まともに食らった隊長は、美しい曲線を描いて地面に倒れた。
丸っきり不利な状態で勝利したIKは、余韻に浸ることなく、社長室に向かう。
銀行の金庫級の重厚な扉に手をかけ、一気に開けようとする。
しかし直後、無数の銃弾がIKを貫く。
扉の先には、ショットガンを構えたこの基地の取締役、ダニール・アンドレフが笑顔で出迎えていた。銃口からは、硝煙が吐き出している。
「へっ!油断しすぎなんだよ!超能力ランキング一位って言っても、所詮この程度か……、ってあれ?」
ダニール氏は、こんな近距離でのショットガンなのだから侵入者を殺害できたと、撃った直後は確信していた。
だが、IKを視認してようやく異変に気付く。
血が一滴も垂れていない。IKは一切の傷を負っていなかった。
代わりに、IKの身体の輪郭がはっきりしない。ろうそくの炎のように、風になびいている。
「ダミーか!どこにい…る………」
ダニール氏は、最後まで言葉を発する事が出来なかった。いや、この場合「最期」と言うべきなのだろうか。
背中から豪快に血飛沫が空中に舞い、顔から床に倒れた。
ダニールの背後には、扉の前に居たはずのIKが立っていた。右手には、血が滴る大剣が握りしめられていた。
連絡橋の向こう側でようやく増援が到着する。数としては、十数名といったところだ。
「ダニール社長!………おのれ、IK!」
兵士らは同時に発砲する。ボスを殺された彼らの怒りは計り知れないものだった。
IKは連絡橋を通って脱出するのを断念した。連絡橋と正反対の方向のガラス一面の窓へと走り出す。
疾走中、炎に包まれた手を横に伸ばす。空中に黒い矢が構築され、窓に向かって放たれた。
銃弾を超えるスピードの矢は窓を貫き、ガラスを粉々に割って破片を四方八方に撒き散らす。割れた窓から外の吹雪が部屋の中に入り込む。
IKは、躊躇うことなく無残に割れた窓から極寒の世界へダイブし、姿を消した。
「撃ち方止め!撃ち方止め!」
兵士一名の大声により銃声は止んだ。外の吹雪く音だけが聞こえてくる。
兵士らは警戒しながら連絡橋を渡る。気絶している護衛兵を起こそうとする。死んではいないが、しばらくは起きなさそうだ。
一旦放置して、IKが飛び込んだ窓におそるおそる近付く。
社長室は三階。外に放り出されてしまったら、ただでは済まない。ここは氷点下十度なんて当たり前の土地だ。無事では済まないだろう。
兵士の一名が窓から顔を出し、下を窺う。
その瞬間、地上から輸送機が急上昇してきた。
一瞬だが、輸送機の中に、鬼の仮面をした者が見えた。
「ア…IKのヘリだ!落とせ!落とせ!!」
銃を構えていた兵士は輸送機に向け、銃を撃つ。
しかし、銃弾は輸送機のボディに弾かれ、全くの無意味だった。輸送機は北の方へ飛翔し、吹雪の中に飲み込まれていった。