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98 市場の入り口で【異世界恋愛】 ファーレン ステラ サルトル 子どもたち

ガキ大将のアントニオを筆頭に、リタとサルトル、そして数人の子どもたちがファーレンとステラを囲むようにして守り、市場への道を進んでゆく。


それがかえって奇異の目を引き付けてしまったのか、振り向く人々からは「あっ、あれは王太子様になられたファーレン殿下だ! それに、服を変えられているが、となりは聖女のステラさまでは?」と声が生じた。


まるで見世物小屋みせものごやの風変わりな、ひとに慣れた名物モンスターのようだとファーレンは自らをこころのなかで自嘲した。まだ名物モンスターのほうが、叫んでもわめいても、見世物小屋では拍手で受け入れられて喝采かっさいを浴びるぶん、幸せなのかもしれないとすら思えた。


泣くことも、叫ぶこともわめくことも「王太子」という立場が許さない。父王からは、常に臣民に気を配り、臣民の幸せと繁栄を願ってこそその立場があるのだと日々説かれているのだ、振り向いたひとびとにファーレンは優雅に軽く手を振ってみせた。ひとがぞろぞろと集まってくる。


「すまん、ファーレン。あっさり王太子だとバレちまったみたいだ」


サルトルが苦い顔をする。


「いいさ、衛兵が駆けつけるなんていう事態にならないうちに、用事を片付けよう」

「マジで苦労がてんこ盛りだね、ファーレン! じゃあ、さっそく『値引き』するのを見ててよ」


アントニオは、大通りの左右に小さな商いの区画が並んだ市場の、入り口にある野菜売りの店のおじさんに声をかけた。


「おっちゃん、お店は繁盛してるかい?」

「やあ、アントニオ。まあぼちぼちってところだね。そうか、今日は神殿の子どもたちみんなで、いつもの社会勉強を兼ねた小遣いの日か」

「わけあって、急いで買いたいんだけどさ。悪くなりそうな野菜、ある?」

「ははは、アントニオはいつもストレートですがすがしいくらいだな」


野菜売りの店のおじさんは苦笑して、葉物野菜や果物を見繕った。


「はいよ、銅貨5枚ね」

「うーん、もうちょっとなんとかならない、おっちゃん? 売れ残ったら古くて捨てちまうんだろ」

「まあなあ。じゃあ、4枚にしておこう」

「ありがとう! また来るよ」


アントニオは葉物野菜と果物を受け取って、終始を見ていたファーレンにニッと笑ってみせた。


「面白いな、サルトル! 話の次第で、1枚ぶん対価にする銅貨が減ったぞ!?」

「まあ、今のは野菜の店のおっさんとアントニオが日ごろ仲良くしてるから、出来たことだな。王太子のお前が出ていたら、足元を見られてとんでもない額をふっかけられたかもしれん」

「そうか……。買い物とは、言われた対価を払うという行為だけではなく、信頼関係を築いて品物を見定め、話し合いをして『値引き』をしてもらうこともできる。そういうことなのだな、アントニオ?」

「あはは、飲みこみがすごく早いね、ファーレン!」

「そういえば、隣国ヌーから仕入れた穀物に、虫がわいて使いものにならないときがあったな……。そういう場合も『値引き』はできそうだ」

「ええ! そんなのを買っちゃったときがあるの?」

「相手の国のメンツを立てて、言い値で買っていたぞ、アントニオ」

「うーん、相手の国とうちの国は、どのくらい付き合いがあるの?」


アントニオが尋ねると「隣国ヌーは、王のいない国として成り立ち、オレらと取り引きをするようになってからはまだ5年も経っていないな」とサルトルが答える。


「市場のおっちゃんとの付き合いが深くなる年数と、国と国との付き合いが深くなる年数をおなじとは言えないけど、ちゃんと相手の国のエライひとに説明して、ちょっと『値引き』してもらうのはやったほうがいいかもね」


9才の少年は素直に意見を述べて肩をすくめた。


「まったくだ、アントニオ。うちの政治に携わる者は頭が固くてな、それを言ったら『そんな冒険はできません、これはしきたりです』で終わるだろう」

「しきたりって言ったって、悪くて使いものにならないのを寄越よこされても、ふつうのを買うのと同じだけのお金を払うの!? おかしいよ」

「今の王室はおかしなことだらけさ」

「わー、王太子って疲れるね」

「本当にな」

「今日は、こんなにひとは集まってるけど市場に来れたんだ、今度はリタが買うのを見てなよね」


神殿の子どもたちとサルトルに守られて、ファーレンとステラは市場の奥へと歩いていった。


「ともすれば、ふたり平民ならば、俺たちはふつうに市場をデートできるのだろうな」


ファーレンがそっと隣のステラにささやき、聖女はわずかに動揺した。

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