96 神殿の学び舎で子どもたちと挨拶する 【異世界恋愛】 ファーレン ステラ サルトル 子どもたち
国教であるサトゥルヌスを奉じた神殿の一角で、その学びの場は運営されていた。
学ぶ仲間、学友というよりは年の違う兄弟姉妹のような関係を持っていた子どもたちの中に、王太子ファーレンは加えてもらった。
「へへっ、王太子さまだか、なんだか、どれくらい偉いのか知らないけど、この神殿の子どもで一番はおれだ! ファーレンはおれの子分にしてやるよ」
王太子と名乗ったその身分を偽りと感じたか、それとも本当にまだ分かっていない子どもなりの絶対的な自信がまだ満ちているのか。ツンツンとした金髪を、短く立たせた男の子はアントニオ。まだ9才という若さだが、国教の聖句や、神殿で歌うための曲や詞をそらんじている記憶力の良い利発なガキ大将だ。
「ははは、頼もしいな、アントニオ。これからよろしく頼む」
学園の誰もが、自分の立場を慮って、常にこそこそと周りで遠巻きに眺められていた過去を思わずに済みそうで、ファーレンは自然と笑みがこぼれた。
「ファーレンさま。あ、あの、あのっ」
挨拶をしようと懸命にちいさな声を出したが、顔を真っ赤にしてステラの白い聖衣の陰にすぐ隠れてしまった赤いおさげ髪の女の子はリタ。12才で、神殿で学ぶ女の子たちのなかでは一番の年長だ。元貴族の出で、不祥事を起こしたために平民へと格下げされた親を持つ、子どもながらの苦労人と聞いていた。
「カラオ家のリタ……だったかな?」
その元大貴族の家の名は、ファーレンも知っている。不祥事を起こす前に会ったこともあるな、と思い返す。
「こ、光栄です、ファーレンさまっ」
質素な服のスカートの裾を、そっとあげて挨拶するその姿は、大貴族にふさわしい優雅さを保っていた。
「いやいや。学園が嫌になって、ステラのところへ逃げてきた俺だ。そんなにかしこまらないでくれ」
ファーレンは苦笑する。
「……でもっ」
「じゃあ、命令だ。これからは俺を、アントニオの子分として扱うこと。敬語もいらない。いいね?」
「だってよ、リタ」
鼻をほじりながらアントニオが自慢げに笑う。
「ええっ、ムリムリ! できない」
「おれに出来るんだから大丈夫だよ。サトゥルヌスさまはおっしゃっているだろ?」
『すべてのひとびとは、親しき兄弟姉妹である』
アントニオもリタも、その聖句が口から出たのは同時だった。
「まあ、こいつは王太子のくせに、王になるのを嫌がっている変わり者だからな。こびへつらう態度よりは、よっぽどアントニオの子分の立場は、気に入ったと思うぜ? オレはサルトル、護衛だ。よろしくな」
サルトルもファーレンのかたわらで微笑む。
そうして、ほかの子どもたちとの挨拶もつつがなく終わり、今彼らが神殿でやっている学びの内容へと、話は進んでいった。




