93 初めての学食 【ヒューマンドラマ】
大学の学生食堂。わたしは、今年の4月に入学してから、初めて足を踏み入れた。
去年と、今年の4月から9月末までは、都心部にあるうちの大学は基本的にオンライン授業。入学式も自宅でやって、入学の案内が送付されてきて終わり。授業のカリキュラムを組むのも、教科書を買うのもみんなみんな、インターネットを通じてで、学校に行く機会なんてほとんどなかった。
ようやく、何度目かの緊急事態宣言がこの10月に解除されて、同時に大学での対面授業も始まった。
画面越しに受ける授業は、どことなくつまらなくて、高校の時までにやってきたみたいな、自然な友だち作りなんて無理だったから、教室で授業を受けられることがこんなにもうれしいなんて思ってもみなかった。
そして、学食。大学で食べる、初めてのお昼。
感染対策はされていて、対面にならないような席の配置、アルコール消毒用の足踏みで液が出る機械、そして黙食、と書かれた張り紙はあるけれど。
ひとの気配を感じながらのご飯は、4月になるとともに始めた一人暮らしのワンルームマンションでひとりポツンと食べているより、ぜんぜんマシ。
カレーライス、ラーメン、A定食とB定食。
そんなに大規模な大学でもない、都心部といってもはじっこのほうのうちの大学の学食メニューはそれだけだけど。
学食で食べるっていうことが、4月からの憧れだったから純粋に嬉しい。
わたしは、食堂のおばちゃんにカレーライスをもらって、トレイに乗せて持っていき、空いている席に着いた。
カタ、と座るときに音を出したので、斜め向かいで座ってラーメンを食べていた女学生と思われるひとがふとこちらを向いた。
ニコッ、と笑ってくれる。小さな声が、洩れた。
「ちわ。……久しぶりの外食って、いいよね」
「あ、はい」
「一年?」
「そうです」
「去年のあたしたちと、今年の一年生は災難だよね、ほんとに。まあ、人生なんてそんなにスムーズにいくわけない、と学べて良かったって思っておこ? あたしは二年生」
「あ、先輩ですね、よろしくお願いします」
「あたしも学食は、よく使ってたから再開がうれしくてうれしくて。これからももし、会うならまたよろしくね」
「はい」
「あっと……黙食、黙食」
二年生の先輩は、悪戯っぽく笑って食事を再開した。
誰かと、画面越しじゃなくて実際に会って話せる。そんな、今までは当たり前のように出来ていたことは、本当にしあわせなことだったんだね。
わたしも、マスクを取ってカレーライスを静かに食べ始めた。




