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84 プラチナメダル ~TOKYO2020~ 【ローファンタジー】

とある競技の終了後。金、銀、銅のメダリストが仲良く表彰台の一番上にみんなで並んでいる、そのとき。


メダルたちは、会話をしていた。人間の可聴音としては服に当たってのさやさや、くらいにしか聞こえないが、そのほんのすこしのあいだに、メダルたちは超高速でこんな会話をしていたのである。


「ウス、金と銀のお姉さま方おめでとうございまっス」


銅メダルがカチコチに緊張して銀メダルと金メダルを寿ことほぐ。


「あら、固まっちゃって可愛いわねえ、ボク」と、銀メダル。


「やめなさいよ銀ちゃん、よけいにボクが困っちゃうから」と金メダルもささやいた。


「ウス、オレの持ち主は、どうやら笑顔ですけど、内心はめちゃくちゃ悔しいみたいですよ」と銅メダルが言う。


「そりゃそうよ、誰だって金を目指すのだもの。ほんとは銀のわたしの持ち主だって悔しいって思ってるわ」と銀メダル。


「やあねえ、金なんて取ったらそのあとの人生プレッシャーしかないのにー」と金メダルが文句を言う。

「そうなんスか、金のお姉さま」

「そうよお、それまで支えてくれたお友だちや家族のことはほんとうに大切にしておかないと、金メダリストっていう肩書を狙っていろんなひとたちが近づいてくるようになるんだから。とくにお金のことはね。宝くじを当てたら、知らない親戚がわさわさ寄ってくるのと同じよー。はああ、いやんなっちゃう」と金メダルはため息をつく。

「確かに、わたしのような銀や、ボクみたいな銅なら次は金、って目指せるけど……次は連覇しかないのも高いハードルよねえ」

「銀ちゃん、分かってるじゃない。それにね、あたしたちメダルを持つことになるアスリートは自分を追いつめて、追いつめて結果を出してるでしょ? そのあと燃え尽き症候群になって、どう生きたらいいか分からなくなる子たちもいるのよ。アスリートとして輝く人生のスパンは、会社員よりもぜったいに短いから……引退後、何をしたら良いのかって若くして思っちゃう子もね」

「ウス、自分なんかは三番目なんで、とりあえずの名刺代わりには十分、って位置ッスからねえ。自分がやって来たスポーツ種目の魅力や、メダルを取った感動を子どもたちに伝えていったり、それにあぶれたならどこか会社に行くとき履歴書の「賞罰」の「賞」のほうで書けるくらいって思ってるっス」

「銅のボクはそうかもしれないけど……金のあたしは、どこにも逃げ場がないもの。次も目指すなら連覇、引退しても金メダリストの肩書は良くも悪くも付いて回る人生になるから。とは言っても、ゴシップ好きなメディアは、今のご時勢銅メダリストでも、メダルに届いていない大会参加者でも、何かいらないことを言っちゃったり、悪いことをするのをワクワクして待ってるのよ? ボクも気を付けなさーい」

「ウス」


金メダルからの忠告に、銅メダルはピシリと姿勢を正した。


「まあまあ金のお姉さま。わたしたちメダルを手にした子たちが、いつでも眺めて持ち前の明るさをみんな無くさないように、わたしたちはいるんですよ」

「そうねえ。金も、銀も、銅も。それに、参加できただけでも幸せだって言う紛争や内戦、戦争をしている地域から出てきてメダルを取った子たちには、銅だってかけがえのない国の宝になるわ。日本の金メダルラッシュは凄いかもしれないけど、あたしたちメダルの価値は、練習するところがなかったり、お金がなくて十分な練習が出来なくてもほんとうに苦しい中ひとつでも何か取れた、くらいのものがほんとうのプラチナメダルかもしれないわ」

「目に見えない、金銀銅の上のプラチナメダルね」と銀メダル。

「そうそう、目に見えないプラチナメダルは、アスリートだけじゃなくてそれを支えてきたひとたちや、ボランティアのひとたち、応援していたみんなのこころのなかにあるのよ、きっと。目に見えての金メダルのあたしよりも、美しいものかもしれないわ」

「今年は、ほんとうに開催されるのか最後まで分からなかったものねえ、金のお姉さま。2020と銘打たれたわたしたちは、きっと忘れられない記念になるわ」

「ウス、そう思うと気合が入るっスね」

「まあまあ、ボクみたいにいつも試合中みたいな緊張をしていたら、持たなくなっちゃうわよー? とりあえずの名刺代わりでいいじゃないの。子どもたちにスポーツの魅力や感動を伝えていくのもいい仕事だし、次を目指すにも、銅はいい位置よ? 目指すメダルの色は銀も金もあるし、同じ銅でも連続っていう箔がつくし、最悪メダル圏に入れなくても、わりとそっとしておいてもらえるし」

「ウス……そう言ってもらえると、何でもできる気がしてきたっス、金のお姉さま」


銅メダルの言葉を最後に、表彰台での記念撮影が終わり、それぞれのアスリートたちにかけられたメダルたちは、別れていくことになった。


「さよなら、銀ちゃん、ボク。これからは、メダルとして付いていく子たちの励みや支えにいつでもなれるようにするのよ」

「うん、金のお姉さまも元気で」

「ウス、いつでも、オレたちが付いていくことを誇りにしてもらいたいっス! ……去年から今年は困難の連続だったっスから、それを考えれば何でもできるって『2020』を見ていつも思ってもらいたいッス」

「そうねえ。困難を乗り越えようとした証のあたしたちは、目に見える色ではなくて、永遠のこころのプラチナメダルがあるのよ! また、どこかで会えるといいわね」


アスリートたちの胸にかけられたメダルたちは、そうして離れ離れになっていった。

しかし、アスリートたちのほんとうのこれからの人生をずっと静かに併走していくのは、プラチナメダルのこころをもった「TOKYO2020」のメダルたちと、アスリートを本当にずっと応援し続けてきたひとびとなのかもしれない。

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