82 屋上職人 ~青空展覧会~ 【SF】
屋上へは自殺しに来た、はずだった。
家城は、そこを殺風景な誰もいない屋上として想像していたのだが。
そこには屋上職人がいて、彼は鼻歌をうたいながら太陽光パネルの下に育つ植物たちに水をやっているところだった。
屋上の空間にあるのは、太陽光パネルと植物だけではない。いくつかのイーゼルがあり、そこに穏やかなタッチの絵が飾られていた。
「……ああ。住人さん?」
「い、いえ」
「あ。じゃあ、飛び降りたいひとだ」
屋上職人の男に図星をさされ、グッと家城は言葉につまる。
「死ぬ前にさ、見て行ってよ。僕の絵の青空展覧会」
「……展覧会?」
「そそ。僕ら屋上職人に任される屋上でね、最近は絵の展覧会をしたり、版権の切れたモノクロの無声映画あたりを上映することも許されているんだ。飛び降りたくなった人が、いつでも芸術に触れられるように」
「いや。そんな心の余裕は……」
まさか死ぬために来た屋上で、そんなことが開催されていると知りもしなかった。
「え、聞いていい? 死ぬ理由は? 人間関係、それとも借金とか」
「……その両方です」
家城はうなだれた。友人。もはやそうも呼べぬほど憎いその相手は、家城に借金を押しつけてどこかへ消えてしまった。
借金持ちになった家城を軽蔑し、妻と子どもも去った。
残るのは一生で返せるか分からないほどの借金。
死のう、と決めたのは必然だった。
「いくらくらい?」
「えっ」
「借金」
「……一億です」
「そうか。じゃあ、僕の絵を売って帳消しにしてあげよう」
「え……?」
「僕は、こういう者です」
家城は屋上職人から名刺を受け取った。そのアーティスト名を知らなかったが、あまりの機転に彼を疑う。
「……そんな。俺のためになんでそんなこと、してくれるんですか」
「えっ、死んでほしくなんかないからだよ。それじゃあ、いけない?」
「見ず知らずの人間なのに」
「ここで会えた。それだけじゃいけないかな」
「そうして、俺をまた騙すんじゃないですか?」
「……なんで僕が飛び降りに来た人間をだまくらかさなくちゃならないのさ。そんなことはしないよ」
腹立たしそうに、屋上職人の男は眉をつり上げた。
「……じゃあ、振込先とかは教えてくれなくていいから、明日この屋上にまた来てよ。約束してほしい、それまではここに来る以外のどんな自殺方法も試さないって」
一日くらいなら。家城は屋上職人の男と約束した。
次の日。家城は、ほんとうに男の絵のおかげで借金の支払いから解き放たれることになる。
その後、屋上職人として男のように青空展覧会を開くことを、夢見るようになるのだった。




